街の入口にあたる門を通り抜けようとしたとき、守衛所で舟を漕いでいたリス族がちらっと顔を上げた。彼は明らかに朋也のほうを胡散臭そうな目でジロジロと見たが、再び居眠りに戻ってしまった。マーヤがホッと胸をなで下ろして言う。
「セーフだったねぇ~」
「あの手の連中は臆病者だから、イヌ族やネコ族を繁々と観察したりしニャイわ」
朋也は改めて街の中を見渡した。ビスタの街はこれといったランドマークもなく、道も家の並びも実に雑然としていた。往来は様々な種族でごった返している。どうやら今日は市の立つ日らしい。
「うわあ、すごいや! いろんな種族でいっぱいだね」
ジュディも初めて訪れるエデンの町並みに目を見張っている。
「ちょっとそこの……???」
路上で店を広げていたハムスター族が声をかけてきたが、朋也の姿を見るやそのまま言葉を失い固まってしまった。ちなみに、エデンでは最低限の基礎食糧と生活必需品、公共サービスは妖精によって住民に支給されているが、それ以外は自由経済に任されている。通貨は労働の対価として支払われる各種の鉱石で、直接財やサービスを購入するのに使われる。どんなサービスでも料金は時間当たりでほとんど差がないし、銀行や株式市場にあたるものも存在しない。
露店の並ぶ大通りを半ばまで過ぎたところで、ミャウが立ち止まって振り返った。
「さあ、見物はほどほどにして情報収集にかかるわよ。ここからは二手に別れましょ。あんたとおチビさんは左に行って。あたいとバカイヌは右に行くから」
「オッケェ~。さあ、朋也、行きましょぉー♪」
2人と別れ、マーヤの案内で路地に入っていく。彼女はやっぱり人だかりのする場所のほうが好きなようだ。朋也の手を引っ張って道に並ぶ店から店へフラフラと渡り歩いて(飛んで)は、店主と談笑する。
おいおい、俺たちは情報収集に来たんでビスタの観光案内をしてもらいに来たんじゃないぞ? でも……まあ少しくらいはいいか。ビスタの住人と気軽なおしゃべりにふけるマーヤの表情からは、例のモンスター事件の折の戸惑いや怯えはすっかり影を潜めていた。楽しそうにケラケラ笑ってる彼女が、普段の、本物の彼女なんだろうしな。
朋也は街に入ってからずっと、目を丸くして自分を振り返る道行く人々の視線が気になっていた。だが、その反応がみな判を押したように同じだったため、そのうち慣れてきた。最初は失敗だったと思ったけど、案外この作戦にして正解だったのかもしれない。少なくとも、この格好ならニンゲンじゃないかという嫌疑をかけられずに済む。いずれにしろ、妖精のマーヤがそばにいるのだから、誰にも不審を抱かれる心配はなかった。
路地裏を更に奥に進んだところで、酒瓶のマークの看板が目に入った。
「朋也ぁ、ちょっと寄ってみましょうかぁ? 情報収集といったらやっぱり酒場が基本だもんねぇ~♪」
エデンにもアルコールがあるとは……。まあ、それほど不思議じゃないけど。実のところ朋也はモノスフィアでもこの類の店に入ったことなどなかった。大人への登竜門をあえてくぐろうとする悪友もいないし。
少しドキドキしながらマーヤの後に続く。店は半地下になっており、路地から階段を降りて西部劇に出てくるような両開きのスイングドアをくぐる。
「いらっしゃい……!?」
グラスを拭いていたアライグマ族のバーテンが朋也の姿を見てギョッとなり手を止めた。眼鏡をかけ直してもう一度姿を確かめようとする。店内の客も一斉に2人の方を注視した。
「あぁ~、皆さん、ちょっとお邪魔するわねぇ~。この子のことは気にしないでぇ~♪」
マーヤの一言で、みな何事もなかったかのように食事と談話に戻る。ときどき思い出したようにちらっと朋也のほうを振り返りはしたが……。
中は薄暗く、静かなBGMが流れている。朋也は店内を見回して様子をうかがった。
ウェイトレスの女の子が1人でバタバタと注文をとりながら駆け回っている。あの格好はどう見てもバニーガールにしか見えないが、耳も尻尾も自前のもの、つまりウサギ族の女性なのだろう。服装くらいどうにかならないもんか? 胸にはくすんだ青色の鉱石をはめたブローチ。そばかすの浮いたその子の顔は朋也より若いくらいに見える。
日はまだ高かったが、店内には十数名の客がいた。客の中でも目についたのは2組。
まず、みな数人で世間話に花を咲かせている中、カウンターの真ん中に他の客と離れて1人で座り、物静かにグラスを傾けている鳥族の女性。彼女だけは異様な未知の種族の出現にも動揺せず、顔すら上げなかった。黒衣に身を包んで押し黙ったまま目を伏せている彼女は、まるで葬式の参列者みたいで、他人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。成熟形態の鳥族は背中の羽とは別に両の腕を持っている。マーヤに聞くところでは、鳥族もエデンにはたくさん住んでいるが、南の大陸のほうが人口が多いらしい。種族ははっきりとは判らなかったが、羽と髪の色が黒一色だからたぶんカラス族だろう。黒い羽か……朋也はクレメインの森の出口で感じた視線を思い起こした。
それからもう1組は、部屋の隅でひそひそと小声で話している3人のイヌ族。シェトランドとスピッツ、もう1人は柴系の雑種のようだ。ともかく、モノスフィアからの移民には違いない。彼らのほうはときどき辺りを盗み見るように警戒しており、いかにもわけありげだった。
朋也とマーヤは互いに目で合図すると、壁際の奥から三番目のテーブルに着いた。イヌの一団にあまり近すぎず、さりとて会話の内容も聞き取れるポジションだ。
ウェイトレスが注文をとりにきた。朋也の顔をちらっとうかがって尋ねる。
「お客さん、歳はいくつ?」