「17だよ」
歳を聞かれるってことは、エデンでも飲酒に年齢制限があるってことなのか? でも、この子だってまだ未成年だろうに酒場のバイトなんかしていいのかなあ?
まあ実際アルコールには自信がなかったし、足がもつれたりしちゃ今後の行動に支障があるので飲む気はもとよりなかったが。
「彼はフルーツジュースにしてあげてぇ。あたしは蜂蜜サワーねぇー♪ ちなみにぃ、蜂蜜はたっぷり3人分入れてねぇ~♥」
堂々と注文してるところを見ると、マーヤ自身は20歳過ぎということか。本当に年上なんだ……。まあ、妖精なんだからいくつになっても身体の大きさは変わらないんだろう。でも、彼女の場合、精神年齢のほうは俺より下のような気がするけどな。
ほどなく、バーテンの用意してくれたドリンクがテーブルに運ばれてきた。マーヤのサワーは小さ目のワイングラスに入っていたが(妖精用のサイズは用意されていないらしい。飲みに来る妖精なんていないんだろうなあ……)、彼女はそれを両手に抱えると一気に小さな咽喉へと流し込んだ。見る見るグラスが空になくなっていく。ワイングラスといっても、彼女のサイズを考えると特大ジョッキ以上の量になるだろうに……。
「ぷっはぁ~~っ! ンめえぇ~~♪ 生き返るわぁ~~」
グラスをどんと置いて一息つく。まるでオヤジだな……。
「お嬢ちゃぁん、おかわりちょうだぁい♪」
「おい、そんなに飲んで大丈夫かよ?」
「大丈夫、大丈夫ぅ♪ あたしは仲間内でもイケルほうなんだからぁ~♥ ほらほらぁ~、あなたグラスの中味がちっとも減ってないわよぉ~? ヒック」
もう酔いが回ってるじゃんかよ……。背中の羽もアルコールが入ったせいなのか、全体にピンク色を帯び、支離滅裂なパターンを描いて明滅している。
不安を覚えつつ、朋也は自分も恐る恐るジュースを一口すすってみた。奇妙な味だ。何が混ざってるんだろ。果物しか入ってないんだよな?
グラスの中をのぞきながら目をしばたたいていると、不意にマーヤがテーブルの上に上がってどっかと胡座をかいた。はしたない真似はやめさせようと朋也が注意する間もなく、彼女はメニュースタンドによっかかるようにして、赤い顔をしながら1人で機関銃のようにしゃべり始めた。
「朋也っていくつだっけぇ~? 17ぃ? 17ねぇ~……。若ぁ~いっ! 青春真っ盛りじゃなぁ~い! いいねぇ~、青春だよねぇ~♪ ほらぁ、遠慮しないでググッといきなさいよぉ~! 今日はお姉さんのおごりだからねぇ~♪ お嬢ちゃ~ん! おかわりまだぁ~!? グラスが空だよぉ~!」
グラスをちんどんたたきながら大声でウェイトレスを呼ぶ。ウサギの女の子が少し困ったような顔をしながら空のグラスを下げにきた。
朋也は彼女に「ちょびっとにしといてくれ」と小声で頼んだ。やれやれ、酒癖の悪いタイプだ。他の客もさぞかし迷惑してるだろうなあ。妖精じゃなかったらとっくに店を追い出されてるだろうに。
「──いいねぇ、若いうちが花だよねぇ♪ でもねぇ、学生さんねぇ、社会に出たらねぇ、そりゃぁいろいろ大変なんだよぉ~!? お姉さんなんてねぇ、研修に30年近くかけてんだよぉ~!? 30年! そりゃねぇ、あたしだってねぇ、若いうちは夢もあったさぁ♪ だからねぇ、意地悪な先輩のイジメやシゴキにも耐えたんだよぉ~? それでさぁ、晴れて研修期間も終わってやっと希望の職場で働けると思ったらさぁ、仕事場自体がなくなってたんだよねぇ……これがさぁ。わかるぅ~!? ねぇちょっとぉ、学生さん、聞いてるぅ~!?」
「ああ、はいはい、そうなんだ。30年もねえ、大変だったねえ」
酔ったせいでだいぶ誇張が入ってそうだが、適当に合わせてやる。
「でさぁ、別の職場に配属されたんだけどぉ、お姉さんは頑張りましたぁー! 一生懸命やったんだよぉー? 深夜残業が続いたってぇ、休日返上したってぇ、手当ても出なくたってぇ、雨の日も風の日もぉ、頑張ったのさぁー♪ それで170年! めげなかったよぉ。なんで続けられたかってぇ? そりゃぁ、愛だよぉ、愛ぃ~♥ 仕事への愛だよねぇ。そう、あの子たちを愛してたからねぇ、へこたれずに頑張ってこれたんだよねぇ♪ おかげで、ひとかどの自信もついたさぁ! それなのにねぇ~……今になっていきなり全然違う部署に転属だよぉ!? 誰もやらない、やりたくもない窓際勤務だよぉ!? 責任ばっか大きくてさあ、ノルマもきついくせに温泉クーポン1枚付かないでやんのぉ。ふざけんじゃないわよぉ~! あたしの仕事を返せ、こらぁ~! 神獣なんてでっきれえだぁ~!! キマイラのばっきゃろぉ~っ!! ディーヴァのくそばばあぁ~っ!!」
笑ったり、泣いたり、怒ったり、忙しないことったら……それも全身使って表現してるんだから、よくくたびれないもんだと感心してしまう。それにしても、上司でもある神獣にそんな悪口雑言を浴びせて大丈夫なのかな?
「ちょっと朋也ぁ、あんたちゃんと聞いてんのぉ!? ひとがせっかく真面目に話してるのにさぁ! 何よぉ、変な触角なんか付けちゃってぇ、どうせ飾りものなんでしょぉ」
マーヤは朋也の頭に付けたウィッグ製の触角モドキをグイグイ引っ張り始めた。そんなこと言って周りにバレたらどうすんだよ!? 大体、自分の発案だろうが。
「いでででで!」
本物の髪まで一緒に引っ張るなっつうの。ハゲるだろ!?
彼女が朋也の触角と格闘してる間に、後ろの席のイヌたちの会話が耳に飛び込んできた。妖精を警戒して声を潜めていたが、ただの酔っ払いなのを見て安心したんだろう。
「まったく気に入らねえぜ、あのネコ族め。ボスに取り入りやがって」
「なんであいつがナンバー2なんだよ? ネコの下に就いて指示に従うなんて、俺はぜってえ我慢できねえ!」
「大体、ユフラファのウサギどもに頭を下げるなんざ、デカイのは図体だけでとんだ小心者の証拠じゃねえか」
「まあそう言うな。ボスだってな、端から奴のことを信用してるわけじゃないんだ。ボスが心を開いてるのは俺たち同族だけよ。ただ神殿の完成を急ぎたいだけなのさ。そう、神獣が眠ってる間にな……。例のブツも手に入ったことだし、後は──」
ボスってのはゲドの言ってたのと同一人物のことかな? 直接千里のことに触れてはいなかったが(まさか〝ブツ〟じゃないよな……)、おそらく同じ組織に違いあるまい。
「おい、マーヤ……」
「キャハハハハッ♪」
朋也の触角を蝶結びにして遊んでいる。ほっとこう。
と、そのときイヌたちのそばで元気のいい声が響いた。ウェイトレスの女の子だ。
「ねえ、オジサンたち、いまユフラファって言わなかった? そこ、クルルの村なんだよっ♪」
その子は出身地の名が出てきたので話を聞きたがっただけなのだろう。だが、一党の中にいた神経質そうなスピッツが彼女の腕をつかみ、キャンキャン声で吠えかかった。
「やい、女! 他人の話を盗み聞きするんじゃねえ!」
「きゃあっ! ご、ごめんなさい。クルル、そんなつもりなかったんだよっ」