「種族は、その……わからないんだ……」
そう答えながら朋也は生唾を飲み込んだ。
「なぁに、あなたぁ? この子の第一発見者はあたしなのよぉ? 学名はマーヤノ・トモヤンデスなんだからぁ~」
朋也の首にしがみついたまま、マーヤがフォローした。一応状況はちゃんと理解してくれてるようだ……。
とっとと退散した方が無難だと、彼女を肩車したまま朋也は席を立ち上がった。店を出ようとして、カラス族の女の脇を通ったとき、彼女に足を引っ掛けられて思いっきりすっ転ぶ。マーヤはパッと朋也から離れたため、テーブルに激突するのを免れたが。
「きゃっ!」
ウェイトレスの子が目を覆う。
「何すんのよぉ!! あたしの発見生物に怪我させないでよねぇ~!」
再び朋也の頭に着地すると、カラス族に向かって抗議する。
「種族が不明だと? その割には流暢な話しぶりではないか。エデンの翻訳インターフェースはデータベースに登録された種族の言語にしか作用しないのだぞ?」
「あらまぁ、妖精でもないのによくそんなこと知ってるわねぇ~」
君、わかってたんなら最初に言ってくれよ。この作戦、そもそも無理があったんじゃないか……。
続いて彼女は見下すような視線を向けたまま指摘した。
「その頭の横に出ているものは何だ?」
はっとして本物の耳に手をやる。耳を隠していたウィッグがばっさり切られていた。バレた!? おまけに切っ先が耳朶にかすったと見え、手を戻すと血が付いていた。マーヤには怪我はなかったようだが。
「お前はニンゲンだな?」
マスターの持っていたグラスが床に落ち砕け散った。店内がどよめく。
「ニンゲンだって!?」
客たちは忌まわしい響きを持つかのように、その言葉を口々にささやいた。いまや彼らの朋也を見る視線には怖れと蔑み、怒りの感情が入り混じっていた。
「ちょっとぉ、あたしを神獣キマイラ様直属の特務妖精と知っての狼藉なのぉ!? 控えおろぉ~! このコンパクトが目に入らぬかぁ~!」
印籠のつもりかい……。だが、それもカラス族の女には全然効き目がなかったようで、見向きもされなかった。「キマイラのばっきゃろぉ~!」なんて散々にけなしてりゃ説得力ゼロだけど。
「やめてよっ!!」
その場の緊迫した空気を破ったのは、女の子の声だった。ウェイトレスのウサギ族の子だ。
「あの……助けてもらっておいて何だけど、そのひとは何もしてないよっ!?」
彼女は少し怯えた表情を隠さなかったものの、それでも毅然として抗議した。
「何もしてない、だと?」
カラス族の女は、ウサギ族の少女にも容赦のない視線を投げつけた。
「この者はニンゲンだぞ? 紅玉のアニムスを奪い、フェニックスを殺害し、エデンを崩壊の危機に陥れた──いや、今もなお陥れようとしている種族だぞ? ついさっきお前を脅かしたイヌ族の輩も、ニンゲンどもに捻じ曲げられあのように身を貶めたのだぞ? それでも、お前はこの者が何もしていないというのか!?」
驚いたことにウサギ族の女の子は、彼女の威圧的な態度にも怖じずなおも食い下がった。
「確かに、エデンをメチャメチャにしたのはニンゲンだけど……でも、このひとじゃないよっ!」
カラス族の女は強情な若いウサギ族を前にして少々面食らったようだ。
「……では、この場にいる者で票決をとることにしようか」
そんな一方的な!? 居合わせたほかの客たちはさぞかし迷惑してるだろうなあ──と見回すと、何やらあちこちのテーブルで朋也をめぐる論争が起こっていた。結構野次馬なんだなあ、エデンの住人って。
「所詮ニンゲンはニンゲンさ」
「そうかあ? ひとの好さそうな兄ちゃんじゃないか」
「さっきのイヌたちよりゃよっぽど礼儀を弁えてると思うがな」
「俺は移住組なんだ。向こうでの連中の仕打ちは忘れねえ!」
「きっとあの妖精のお気に入りのペットなんじゃないか?」
「あれだけなついてれば安心ね♥」
なにやら話が突拍子もない方向に発展している……。調子に乗ったマーヤが触角を手綱代わりにして引っ張る。
「ハイヨォ~ッ、どうどうぉ~♪」
ペットというより乗り物じゃんか……。カラス族の女は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「じゃあ、このひとが悪いひとだと思うひとーっ!」
ウェイトレスが挙手を呼びかける。ほとんどクイズ番組の司会者のノリだが。
手を挙げたのは全体の3分の1ほど。
「じゃあ、このひとは悪くないと思うひとーっ!」
残りの全員が棄権もせずに手を挙げる。朋也にとって意外なことに、賛成票を投じた中には移民のネコ族やイヌ族までいた。どうやらマーヤの演技(?)もそれなりに貢献したようだ。それと、ウェイトレスの彼女も。後でお礼言わなきゃな。
カラス族の女は最後まで納得がいかないような顔をしていたが、もう一度朋也を鋭く見据えた。ま、まだやるつもりなのか?
「お前はどうなんだ?」
「え?」
「お前は自分自身に罪があると思っているのか? いないのか? 胸に手を当ててよく考えてみろ」
朋也は彼女に言われたとおりに胸に手を当ててみた。
「俺は……」