「あ、わざわざ届けてくれたんだ。別にもう捨ててくれてもよかったんだけど……」
「ええっ!? ひょっとして、うちの店に捨ててきたつもりだったの!? うちはゴミ捨て場じゃないんだよっ! それに、物は大切にしなきゃ駄目なんだからねっ!」
クルルは口を尖らせて抗議した。
「ごめんごめん」
まあいいや。この先何かに使えないとも限らないし……。
「えっと……名前はクルルだったっけ?」
「クフフ♥ お客さん、クルルのこと覚えててくれたんだね♪」
変装セットを受け取ってから、朋也は彼女がユフラファ出身だったことを思い出した。
「ねえ、君。そういえば、さっき店でユフラファの村に住んでたって言ってたよね?」
「うん。ユフラファはクルルの育った村だよ。それがどうかしたの?」
「俺たち、これから用があってユフラファに行かなくちゃいけなくなったんだけど、場所をよく知らないもんだからさ。道順だけでも教えてもらえると助かるんだけど」
「え、そうなの!?」
自分の村に用があると訊いてクルルはちょっとびっくりしたようだったが、すぐに笑顔になった。
「ねえねえ、クルル、明日から休暇をとって村に帰る予定なんだけど、よかったら一緒に行かない?」
「ううん、明日じゃなあ……。ボクたち、ちょっと急いでるんだけど」
「でも、この時間に出たら着く頃にはもう真っ暗だよ? それに……今はいろいろあって、夜中に村に入れてもらおうとしても無理だと思うよ……。何だったら、クルルが近くの宿屋さんに頼んであげるから、今晩は泊まっていったら?」
ジュディはなおも渋い顔をしたが、千里の無事がともかく確認できたこともあり、夕べほど抵抗はしなかった。こうして一行はクルルの紹介を受け、ビスタの宿で1泊することになった。
宿に入るまでの余った時間を利用して、朋也は仲間たちとともにミオに関する情報を集めようと試みた。マーヤに案内してもらった難民救護センターでは、まだ前駆形態の動物たちが残っていた。その中にミオはいなかった。もっとも、ニンゲンの姿を目にすると彼らが怯えるという理由で、リハビリを受けているほかの動物たちには直接会わせてもらえなかった。
謝るマーヤに気にしないよう言いつつも、朋也はちょっと寂しい思いに駆られた。エデンに来てからはずっと、しゃべったり2本足で歩いたりはしない〝普通〟のネコやイヌたちにお目にかかってないもんな……。
ミャウは成熟形態のネコ族の聞き込みに手を貸してくれた。世間話のほうが多かったけど……。クルルもお店に来る客たちに尋ねてくれたり協力を惜しまなかった。
ただ、なぜかジュディは真面目にミオを捜そうという気がなさそうだった。千里のことで頭がいっぱいなんだろうけど……。
結局、その日はミオの消息はわからずじまいだった。
女性陣と別れて自室で横になり、薄暗い天井を見上げながら、朋也はずっと考え事をしていた。前の2晩は野宿だったし、エデンに来て初めてありついたまともなベッドだったから、今夜はぐっすり眠れるはず──だったが、彼はなかなか寝付かれなかった。
異世界エデンに来てから起きた出来事が次々と瞼の裏に浮かんでくる。行方不明のままのミオ、さらわれた千里、変身して九死に一生を得たジュディ、何かしら隠しているマーヤ、気になるネコ族のミャウ……そして、それ以外にこれまで出会ってきたエデンの住民たちのこと。フィル、クルル、ビスタの街のひとびと、ブブとジョー、カラス族の女……。
あまりに目まぐるしく過ぎた3日間。そのたった3日余りの間に、朋也がこれまで常識だと思い込んできたものは根底から覆されてしまった。そして、これではまだ足りないとばかり、もっと大きな事件に巻き込まれそうな予感が拭い去れなかった。
ミャウの言うとおり、イヌ族のボス、ネコ族のトラを中心にした組織は、失われた紅玉のアニムスに関するある〝計画〟を企てている。森の出口で襲ってきた謎のサル型モンスターは彼らと無関係なのか? 黒い羽の持ち主は例のカラス族の女性と同一人物なのか? だとしたら、彼女はあそこで何をしていたんだろう? 神獣キマイラの遣いであるマーヤは、件のモンスターの正体を知っていそうだったが、なぜそれを自分たちに伏せようとするんだろう? 疑問は次から次へと湧き上がってくる。
そして、一番の疑問──彼らは誘拐した千里をどうするつもりなんだろうか……? 今のところ彼女の身の安全は保証されているようだが、それでも彼の胸騒ぎはやまなかった。