翌朝も好天だった。軽く朝食を済ませ、一行は早速ユフラファに向けて出発した。
ユフラファまでの道のりはクレメインとビスタの間より少し長いくらいで、昼過ぎには到着する見込みだった。道の両側は右も左も丈の高い草が風になびくステップが広がっている。街の外は主に前駆形態の野生動物とモンスターの領域だった。
エデンの年齢で15歳になったばかりの年若いウサギ族であるクルルも、モンスターとの戦闘には果敢に加わった。彼女たちの種族固有の技はウサギだけあって強力な蹴りだ。確かに彼女の太腿は引き締まっていてキックはなかなか強烈そうだった。日中に道行くひとびとに襲いかかるモンスターはそれほど多くはなく、回避率の高さと逃げ足の速さも彼女たちの取り柄だとはいえ、クルルが女の子1人でビスタまで行き来していたと知り、朋也は驚いた。
彼女がユフラファからビスタまで出稼ぎに来ていたのには理由があった。いま、ユフラファでは例の組織によって働き手になる男たちが全員神殿の補修に駆り出されていたのだ。ユフラファは比較的小さな村ではあったが、村1つ動かすなんてかなり強引だな。クルルの話では、必ずしも強制労働というわけではないらしく、村長とトラとの交渉の末だとのことだが。ともかく、村の労働人口が激減した中で、クルルは少しでも皆の役に立とうとビスタ行きを決心したのだった。偉いなあ。15っていやあ、俺なんてミオのために玄関を買おうと、倉庫の棚卸のバイトを夏休みに1週間したきりだったもんなあ……。
旅の道連れができて上機嫌のクルルの横顔を見ながら、朋也はふと思った。ブブはユフラファでウサギ族の仲介者を捜すよう助言したが、クルルに来てもらうのはどうだろう? 朋也がニンゲンであることはもうバレてしまったので、彼女には千里が誘拐されたことも正直に打ち明けてあった。それを聞いて彼女は「そんなひどいことする人たちだとは思わなかったよっ!」とかなり怒った。ビスタのバーにやってきた3人組の件もあったんだろうが……。
もし彼女に頼めれば、適任者を捜していちいち事情を説明する手間も省ける。オルドロイまではもっと危険が多いだろうし、親の了解を取り付ける必要はあるかもしれないが。向こうに着いたらまず本人に話してみよう。
途中、東の方角に鳥らしき飛行物体が、彼らと同じく北を指して飛んでいくのを朋也は見た。ちなみに、成熟形態になってジュディやミャウも視力は上がっていたが、パーティーの中でいちばん目がよかったのはやはりヒト族の朋也だった。クレメインの森の出口の出来事、そしてビスタで出会ったカラス族のことを思い出す。今度はあの時より距離が遠く、姿や色もほとんど判別できなかったが。
「ねえみんな、ここらでお弁当にしない?」
しばらくしてクルルが提案する。正午まではまだ少し時間があった。すでに草原の間に間に家の屋根が見え隠れし、後1時間半もすれば目的地にも辿り着けるだろうけど。ひょっとして彼女、みんなの分を持ってきてくれたのかな? だったらまあ、ここら辺で一息入れて、青空の下でお弁当を広げるのも悪くないかもしれないが。
「実は、お昼に食べようと思ってビスケット持ってきたんだ♪」
朋也たちの答えも待たずに、彼女は自分の小さなポシェットから包みを取り出した。自慢げに広げたその中に入っていたのは……ビスケット? 英字ではない(そんなわけないけど)。動物でもない。大小不揃いな幾何学的立体の集合である……。中にはほとんど真っ黒なものもあった。
朋也は、同じく一群の物体を目にして数秒間固まっていたミャウと顔を見合わせた。
「あたいパス」
断固たる意思表示だ。ミオだってきっと見向きもしないだろうな。
「え? じゃあ、ボクがその分もらっちゃうよ!」
ジュディは躊躇なく一つかみすると口に放り込んだ。それを見てミャウがあわてて大声を上げる。
「あ~あ! もうあんた、千里がいニャイと待てができニャイの!? バカイヌは長生きするよ、ったく……。玉ネギとかは入ってニャイでしょうね?」
「大丈夫だよ!」
「ン、こりゃご主人サマに買ってもらったビスケットくらい美味しいや♪」
なるほど、ジュディのおやつの1品目だったイヌ用ビスケットと大差ないわけだな。実は朋也は彼女のをこっそりいただいたことがあるが、古びた味なしの乾パンのようで二度と食べたいとは思わなかった……。
「ありがとぉ~♪ あたしもうお腹ペコペコだったのよねぇ~」
マーヤも特に気にせず、砕いたビスケットの欠片に、いつも持ち歩いてる蜂蜜(練りわさびよろしく小さなチューブに入っている)を塗ってぱくつく。
「蜂蜜と組み合わせるとなかなかオツねぇ~♪」
マーヤは蜂蜜味なら何でもイケるタイプらしかった。
「クフフ♥ よかったぁ、持ってきた甲斐があったよ♪ 朋也もおひとついかが? クルルのお手製なんだよ! クルルの作るビスケットは村でも評判がいいんだよ(^o^)」