「残念ながら、トラに言われるまでまったく気づかなかったよ。お前のこと、ミオとは別人のミャウって子だって真に受けてたし……」
朋也は不本意ながら白状せざるを得なかった。
「ニャ~ンだ、ちょっとがっかりね」
ミオは少し期待はずれといった表情を浮かべ肩をすくめる。
「で、エデンへ来てからの20日間は何やってたんだい? まあ、あまり言いたくなきゃ余計な詮索をするつもりはないけど……。危ないことに首を突っ込んだりしてないのか?」
「うん……朋也はそんニャに心配しニャくても大丈夫だよ……」
それから少し間を置いて続ける。
「オルドロイの件、あたいも一枚噛んでたんだ。それで、ゲートからニンゲンがやってくるって情報をキャッチして、クレメインまで足を伸ばしたの。まさかあんたたちだとは思わニャかったけどね……。おまけに、あの両刀使いのエロイヌに先を越されちゃうし」
両刀使いって……。朋也はさっき被害に遭いかけたことを思い出しかけ、あわてて頭の中から閉め出した。
「そうか、ミオも知ってたのか……。トラの一味以外にも、俺たちがエデンに来るってことは伝わってたことになるな……」
ということは、ミオはマーヤの嘘も承知していたわけか。グルになっていたとも言えるが。彼女を詰問することになりかねないので、朋也はまた話題を変えた。
「ところで、頼みたい仕事があるって言ってたけど、まだイキなのかい?」
「ああ、そのこと? 実は、連中の中にトラがいるのも知ってたのよね。あたいは彼には顔が割れてるから動きづらくてさ。代わりに、あんたたちにも一役買ってもらおうと思ってただけ。今とニャッてはどうでもいいことだけどね」
「そういや、ゲドやブブたちはボスがどうのって言ってたよな。神殿の建設や千里の誘拐もそいつの指示だって。ミオは誰だか知ってるのか?」
「誰がボスかですって? 一応朋也の顔見知りニャンだけど……」
「ええ!? でも、ニンゲンじゃないんだろ? 後は──」
ミオは彼に教えたものかどうか少し迷っていたようだが、結局その名を告げた。
「ベスよ」
「! 2丁目の斉藤さん家のレトリーバーか!? 一体なぜ?」
「それは本人に訊いた方がいいでしょうけど。わかってるのは、ベスもトラもエデンには難民としてやってきたってことぐらいかしらね……」
つまり、ニンゲンに裏切られたのがこの世界に来た理由だってことか……。
「誤解だといいんだけど……。ベスに直接会って確かめるしかないんだろうな……」
そうつぶやいてから、改めて彼女に尋ねる。
「で、ミオはどっちなんだ? ベスやトラたちの味方なのかい?」
「あたいは誰ともつるんでニャイわよ? そうね……ま、好奇心で動いてるようニャもんかしら」
これで、いま朋也が抱えていた問いに対する答えは一通り全部得られた。ただ1つを除いては。それは、彼が最も知りたかった、そして聞くのを怖れてもいた疑問だった。
「……お前が根掘り葉掘り訊かれたくないのはわかってる。でも、1つだけ、どうしても確かめておきたいことがあるんだ」
ゴクリと唾を飲み込む。その一言を発することで、これまで自分が信じてきたものがガラスのように脆く砕け散ってしまうのが怖い。できることなら、このままうやむやに流してしまいたい。でも、それは自分を欺くことに他ならなかった。彼は勇気を振り絞ってその問いを口にした。
「ミオがエデンに来たのは……なぜなんだ?」
ミオは朋也の目をじっと見つめた。彼女が言葉を発するまでの数秒が、朋也には永遠の時間のように思われた。
「理由は、訊かニャイで。でも、これだけはわかって。朋也のことが嫌いにニャッたわけじゃニャイの……」
「その一言さえ聞ければ十分だよ」
そう、その一言さえ聞ければ……。安堵のため息があまり大きすぎて聞こえてしまったかもしれないな、と苦笑しつつ、そんな恥ずかしささえ気にならないほど今の彼は幸せな気分だった。
「ミオは、千里を助けるの手伝ってくれるかい?」
「いいわよ。その後のことまでは保証できないけど……」
「ありがとう、ミオ」
「ううん。あたいの方こそいろいろゴメンね」
それからミオは、うつむき加減に朋也に尋ねた。
「あのさ……首輪、あたいが持ってても、いい?」
ゲートのそばに置いていってしまったのをちょっぴり後ろめたく感じてるのかもしれない。別にこだわるつもりもなかったが、彼女が自分から持っていたいと申し出てくれたのが朋也には何となく嬉しかった。
「ああ、もちろん!」
二つ返事で了承すると、彼は立ち上がって背伸びをした。
「さあ、明日は朝になったら早速これからどうするかみんなと決めなくちゃいけないし、もう寝ないと」
「あたいはもうちょっとここにいるよ……」
「そう? あんまり夜更かしするなよ。おやすみ!」
上機嫌で村に引き上げていく朋也の後ろ姿を、ミオは黙ってずっと見送っていた。
「……」