そいつは樹上から飛び降りると、２人のほうに目を──というより全身を向けた。シルクハットを被ってウサミミを生やしたキタロ○のお父さんみたいなやつだ……。胴体は不快な模様が刻々と浮かんでは消える真っ赤な球体で、その〝眼〟で朋也たちを恨めしげににらみつける。
　クルルはハッと息を呑んで後退さると、朋也の隣に来て袖をギュッとつかんだ。
　こいつがいる限り、村人は安心してこの島に薬草を採りに来ることができないし、倒しておくに越したことはない。スペシャルメニューの効果も試す機会だ。こいつに勝てないようじゃ、トラと渡り合えるわけがない。朋也は装備を整え、嫌らしい〝眼〟をにらみ返した。
「行くぞ、クルル！　無理はするなよ？」
「うん」
　朋也のほうから打って出る。だが、相手はヒラリと身をかわした。丸いくせして速い。一瞬動揺するものの、すぐに思い直す。トラの動きについていく格好の練習台になるってわけだ。
　モンスターの動きが敏捷なのは、１つには視界が極端に広いためだろう。敵の動きが〝一目〟瞭然ということか……。おまけに、なぜかウサギ族のスキルも持っているようで、細い足ながら跳躍力はずば抜けていた。１人で相手にすることを考えれば厄介な相手に違いない。だが、クルルと２人なら何とかなるはず。
　不意にそいつの胴体に同心円状の模様が浮き出たかと思うと、〝瞳孔〟から液体を唾のように吐き出した。草がジュッと音を立てて溶け、異臭が漂う。酸らしい。
「気をつけろ、クルル！」
　あまり戦闘を長引かせるのは得策じゃない。体勢を立て直しがてら、クルルのそばに駆け寄って戦術を立てる。素早いといっても、このモンスターは相手の攻撃を回避したり標的を見定めたるために停止している時間が長い。そこで、１人が引き付けている間に、もう１人が背後をたたく作戦に出る。
　囮役は朋也が買って出た。相手が溶液を発射する瞬間が狙い目だ。〝瞳〟に向かって集束する同心円模様のおかげで、タイミングを計るのは簡単だった。それでも、こういう役目はあまり引き受けたくはないが。
　学習能力の低いその目玉モンスターは、朋也の作戦に見事引っかかった。トラが相手じゃこうはいかないだろうけど。ズボンのすそに溶液がわずかに引っかかったものの、ギリギリのところで身をかわす。
「ウサピョンサマーソルトキック！！」
　間髪入れず忍び寄ったクルルが強烈な蹴りを放つ。赤い目玉はその瞬間に破裂した。
しまった、クルルがまともに酸を被ったかも！？　と焦ったが、その心配はなかった。モンスターは跡形もなく蒸発していた。ウサギ族の守護石である見事なオパールを残して。
「やった！　成功したぞ、クルル！」
　その場に立ち尽くすクルルに駆け寄る。
驚いたことに、彼女は涙を流していた。酸が目に入ったわけではなさそうだ。彼女は優しいから、モンスターを倒すことさえ胸が痛むんだろうな……と思ったが、彼女は静かに否定した。
「あのモンスターが消えるときにね、クルル、感じたんだ。あの中に悲しみがいっぱい詰まってたのを……」
　悲しみが生み出したモンスター、か……。朋也はクレメインの森で出会ったネコモンスターのことを思い浮かべた。
　目当てのハーブと村に需要のある幾種かの薬草の葉を摘むと、２人は島を後にした。
「じゃあ、クルルは早速ビスケットにとりかかるよ！　腕によりをかけて作るから、期待しててね♪」
　朋也は期待した。前よりちょっとはマシな出来になることを……。
　その後、高価なオパールが大量に手に入ったのでミオに相談しようと思ったのだが、彼女の姿が見えない。ジュディもマーヤもしばらく見ていないという。どうやら朋也たちがいないのをいいことに、野良仕事をサボって村を脱け出したようだ。
　それじゃあ、今晩は採り立ての薬草のたっぷり入った特製スープを飲んでもらうかな？