そいつは樹上から飛び降りると、2人のほうに目を──というより全身を向けた。シルクハットを被ってウサミミを生やしたキタロ○のお父さんみたいなやつだ……。胴体は不快な模様が刻々と浮かんでは消える真っ赤な球体で、その〝眼〟で朋也たちを恨めしげににらみつける。
「出たな、モンスターめ!」
ジュディがすかさず踏み込んで剣を振るう。が、モンスターはバネのような跳躍力の持ち主で、ヒラリと剣先から身をかわした。
「焦るなよ、ジュディ。そいつの行動パターンを見極めなきゃ!」
動きが素早いということは、裏を返せばトラの身のこなしについていく格好の練習台になるということでもある。そのモンスターの敏捷さの所以は、1つには視界が極端に広いためだろう。まさに敵の動きが〝一目〟瞭然というわけだ。おまけに、なぜかウサギ族のスキルまで備えていた。
1人で相手にすることを考えるとかなり厄介なモンスターだ。だが、ジュディと2人ならさほど苦戦はしないだろう。
不意にそいつの胴体に同心円状の模様が浮き出たかと思うと、〝瞳孔〟から液体を唾のように吐き出した。草がジュッと音を立てて溶け、異臭が漂う。酸らしい。
「うわっ、何だこいつ!?」
こんな危険なやつだとは思わなかったな……。やっぱりジュディ1人に任せなくて正解だったと朋也は思った。
「気をつけろ、ジュディ!!」
注意を促しつつ、朋也はジュディのそばに駆け寄った。ひそひそ声で耳打ちする。
「あまり戦闘を長引かせるのは得策じゃない。一気に片を付けよう。俺があいつの注意を牽き付けるから、液を放出する瞬間を狙ってたたくんだ」
「うん!」
再びパッと散開する。朋也はわざとモンスターの正面に立ち、攻撃を誘った。幸い、このモンスターは素早いといっても、相手の攻撃を回避したり標的を見定めたるために停止している時間が長い。それに、〝瞳〟に向かって集束する同心円模様のおかげでタイミングを計るのは簡単だった。それでも、こういう役目はあまり引き受けたくはないが。
学習能力の低いその目玉モンスターは、朋也の作戦に見事引っかかった。ズボンの裾に溶液がわずかに引っかかったものの、ギリギリのところで身をかわす。
背後から忍び寄ったジュディが間髪入れず飛び出し、強烈な一閃をお見舞いした。
その瞬間、赤い目玉は破裂した。しまった、ジュディがまともに酸を被ったかも!?
と焦ったが、その心配は無用だった。モンスターは跡形もなく蒸発していた。大量の見事なオパールを残して。
「やった! うまくいったよ、朋也!」
首尾は上出来だった。トラが相手じゃさすがにこううまくは運ばないだろうが、彼女に自信をつけさせることができてよかった、と朋也は思った。
2人はクルルに指示されたハーブと薬草の葉を、採り過ぎないように注意しながら摘み集めると、ボートのところへ戻った。
「クルルがこれで腕によりをかけてビスケットを作ってくれるって。楽しみだな♪」
彼女のビスケットを評価する事実上ただ1人の食客であるジュディが嬉しそうに言う。
「ハハ、そうだな」
言いつかった素材をクルルに渡すと、朋也とジュディは最後の調整にかかった。明日に備え、その晩2人は早めに寝室に引き揚げた。
朝目覚めてみると、彼らの枕もとにイヌ族の守護鉱石であるトパーズが一山置かれていた。
朝食の場で顔を合わせたミオに礼を述べる。
「ニャンのことかしら?」
ミオは軽く聞き流した。
それにしても、こんなにたくさんモンスターを倒したわけじゃないだろうし、どうやって手に入れたんだろうな? と気になったが、何となく怖くて訊けなかった。まあ、せっかく苦労して集めてくれたんだろうから、ありがたく活用させてもらうことにしよう──