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フィル: ++++

「ごめんよ、フィル。こんな時間に喚び出しちゃって。実はかくかくしかじかで……」
 朋也は彼女と別れてから起こった事件の顛末を事細かにフィルに聞かせた。彼女はしばらく思案顔をした後、おもむろに口を開いた。
「なるほど……。お話をうかがう限り、そのトラさんという方が朋也さんや千里さんに直接悪意を抱いているとは思えませんね。交渉の相手として彼を選択し、極力衝突を避け、誠意をもって話し合うという方針は、確かに賢明だと思います」
「そうだよな。フィルにそうアドバイスしてもらえると自信が持てるよ」
「彼と話し合いができる余地は少ニャイと思うけどね……」
 ミオが水を差すように言う。
「少々お待ちいただけますか? トラさんに関する情報を少し調べてみます」
 数秒ほど目を閉じて沈黙する。外目には何をやっているのか判らないが、森のネットワークに接続してデータを抽き出しているんだろう。
「ありました。この個体は身体的特徴からいってもおそらくトラさんに間違いないでしょう。ゲートからエデンに到着したのは3ヶ月近く前……重体で、直後に妖精の手で救護センターに運ばれています。私もその時、残念ながら生存の可能性はかなり低いものと見ていましたわ」
「ええーっ!? おっかしいわねぇ? そんなに容態の悪い子だったら、受け持ちが違ってもあたしの耳に届いてるはずだけどなぁ~??」
 マーヤが首を傾げる。
「たぶん、体力と生きる意志が強かったおかげで一命をとりとめ、急速に回復に向かうことができたのでしょう」
 そんなことがあったなんて……。モノスフィアで、すなわち俺たちの世界でトラの身に何があったのか? それを知ることが、彼の動機を知り、千里を取り戻すための鍵になるに違いない、と朋也は思った。
「ありがとう、フィル。おかげで助かったよ──って、この台詞も2度目だけど」
「いえ、この程度のアドバイスしか差し上げられなくて……」
 フィルは本当に恐縮そうに頭を下げた。
「私も皆さんとオルドロイまでご一緒できればよかったのですが……」
「フィルにはこの森を護る大事な務めがあるんだから離れるわけにいかないもんな。アドバイスをもらえるだけで十分さ♪」
 それから、フィルは5人のために結界を敷いて一夜の宿を提供してくれた。おまけに、翌朝彼らが発つ前に、回復や治癒用に使われる薬草類、緑色植物種族の守護鉱石であるオリヴィンをありったけ持たせてくれた。
 返って悪いことをしたと朋也は思ったが、それでも彼女は恐縮そうにしていた。ミオは「丸々2日分の時間をかける価値があったとは思えニャイ」とまだブツクサ言ってたけど。
「じゃあ、事件が無事に解決したら、フィルにはお礼がてら改めて報告に来るよ」
「ええ。オルドロイ周辺のモンスターは紅玉の魔法やステータス異常系の魔法を駆使します。かなり強力ですから、気をつけてくださいね。サファイアやオパール系の魔法で対抗すると効果が高いですよ」
「覚えとくよ」
「ボク、魔法苦手なんだよな~」  ジュディが頭を掻きながらこぼす。それを言ったら朋也なんてまったく使えないけど。
「あたしたちがサポートするから大丈夫よぉ~♪」
「あんたは物覚え悪いんだから、バカ力と補助系のスキルだけ磨いてればいいの!」
「ちぇっ」
「フフ……」
 フィルが笑うところを見るのはこれで2度目だ。なんかもう自然な笑顔が板についてきたって感じだな。
 名残は惜しかったが、早く戻らないとユフラファに着く頃には真っ暗になってしまうので、一行は朝食もそこそこにクレメインを出発した。去り際にフィルは朋也だけを見て一言ささやいた。
「朋也さん。どうかご無事で……」
 気の所為か、彼女の目は潤んで見えた。自分やみんなのことを真剣に心配してくれてるのが伝わってきて、朋也は嬉しくなると同時に決意を新たにした。
「ああ。必ず千里を助け出してくるよ!」
 帰りの道すがら、クレメインの森がまだ視界から消えやらぬうちにミオがぼやいた。まだ不満が発散しきれてないらしい。
「あ~あ、やんニャッちゃう! 樹の精のくせに色目ニャンか使っちゃってさ」
「色目ってことはないだろ」
「うぅ~ん……確かに、最後の朋也を見るときの目はかなりアヤシかったわよぉ~? あなたを教師に見立てて異性間のコミュニケーションの勉強も始めたのかもねぇ~♪」
 マーヤまで朋也をからかう。
「まさか……大体、フィルは樹の精なんだから、女の子の姿をしてても性別がそもそもないんじゃないの?」
「あらぁ、知らなかったぁ? 彼女は同じ森の木々の中でも雌雄が個体ではっきり分かれてる樹族の出なのよぉ~?」
 ……。なんだか複雑な心境だなあ。嬉しい気もする反面、勉強の教材としてじゃちょっとがっかりでもある。まあ、2人とも冗談のつもりなんだろうけど。
 ともかく、フィルの期待に応えるためにも、千里を生贄にされるのだけは阻止しなくちゃ!



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