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「俺はニンゲンを信用しすぎていた。あまりに無防備だった。あの日、俺はいつも晩飯をご馳走になってる家の玄関で待っていた。その時、隣の家の主が皿を戸口に出したんだ、これ見よがしにな。その家は以前から、何のまじないか知らんが水入りのペットボトルを家の周り中に並べたりして、ネコを好いてるようにゃちっとも見えなかった。俺は思ったさ──世の中まったく捨てたモンじゃねえと。だが……とんだ間違いだった。そいつは毒入りだったんだよ」
 5人とも息を呑む。
「咽喉が焼け、腕は痺れ、瞼の裏に火が踊っていた。身体中が裏返るような苦しみだった……。俺はふらつく足で街を離れた。どうやってゲートまで辿り着いたのかわからない。何しろ、妖精の召集状を見たときは他人事だと振り返りもしなかったんでな。気が付いてみたらクレメインにいた。たぶん、運が良かったんだろう。体力だけは自信があったからな。フッ……」
「ひどいやつだなあ!」
 ジュディがさっきまでの敵に心から同情する。
「やっぱりあなたも他の子たちと同じだったのねぇ……」
「あんたがお人好しすぎたのよ。あたいだったら見向きもしニャイわ」
「ごめん。俺、何もできなくて……。動物を嫌うのは個人の勝手だけど、何もそんなことまでしなくても……」
 朋也はひたすら頭を下げるしかなかった。そんな彼に、トラは苦笑しながら首を振った。
「お前さんが謝るこっちゃねえよ。俺は今でもニンゲンがみな悪い奴ばかりだなんて思っちゃいねえ。だが……」
 そこで真剣な眼差しに戻る。
「はたして〝種〟としてみた場合はどうなんだろうな?」
 朋也の目をじっとのぞき込む。その奥に宿る感情は、ビスタで対面したリルケのそれに通じるものがあった。
「俺はこっちで大勢の移民たちに出会った。彼らに比べりゃ、俺の受けた仕打ちなんぞ序の口にすぎねえ。ゲドを見るがいい。こいつでさえ、五体満足なだけまだマシなほうなんだぜ……。ここに来て真実を知るまでは、俺たちの業苦は受け入れざるを得ない、変えることのできない運命だと、そうあきらめていた。だが、170年前に何があったかを聞いて、そうではなかったことを俺は知った。おかげで疑問が氷解したさ。向こうでニンゲンという種族がわがまま放題のさばってる理由がな……」
 くるりと背を向け話を続ける。
「俺はな、お前さんたちに復讐するつもりなんてないんだ。お前さんやあの姉ちゃんにゃ微塵も恨みなんぞねえ。だが、いまエデンで起きつつある変化はお前さんも耳にしてるだろう。俺は……この土地が気に入っちまったんだ。ここでの暮らしが、ここに生きるひとびとが、な。ここは俺たち移民にとって、やっと手に入れられた安住の地なんだ。当たり前の、自由な生き方を求めることのできる最後の希望の光なんだ! だから……壊したくねえ! この美しい世界を失わせちゃならねえ! たとえこの俺の手が血でまみれようと、護りてえんだよ!!」
 トラは肩を震わせていた。ひょっとして、泣いているのか? あまりに強く拳を握り締めたためか、掌から血が滴り落ちる。
「だったら、うちの村の人を早く返してよっ!」
 クルルが口をとがらせて抗議した。その彼女に深々と頭を下げながら、トラは続けた。
「嬢ちゃん、本当にすまねえ。よその村や町からも人手をかき集めさせたんだが、オルドロイに一番近い町がユフラファだったんでな。俺も手荒な真似は極力避けたつもりだし、ウサギたちを早く家族のもとへ返してやりてえと思ってる。だがな、このままじゃエデンは滅びちまうんだ! モンスターは殖える一方で、しかも次第にタチが悪くなってきやがる。難民は街にあふれ、旧住民との間に軋轢も生じていさかいを始める始末だ。放っておけば状況はますます悪くなる。エデンを救うためには、アニムスを3つそろえる必要がある。3つの封印がなければ、エデンはもたねえ……。紅玉のアニムスとフェニックスの力が必要なんだ!!」
「千里をさらったのはそのためなのか? でも、なんでフェニックスを復活させるのにニンゲンの生贄を捧げる必要があるんだ?」
「一応神獣の言ってることだからな。俺が直接耳にしたわけじゃないが、ベスのやつがさる人物から聞きつけてな。やつが移住してきた同族を募ってプロジェクトを開始した当初は、俺も半信半疑だった。それでキマイラに確かめようとしたんだが、門前払いを食らっちまった。その帰り道、黒い鳥の女に出会ったんだ。で、彼女からもベスと同じことを聞いたんだよ。≪フェニックスを復活させる方法≫ってやつをな……。で、当の神獣が何を考えてるのかはさっぱりわからんが、ともかく手を拱いているよりはとベスを手伝うことにしたのさ。そこへ、お前さんたちがゲートを脱けてやってくるって情報が伝わってきた──」
「マーヤ……」
 彼女を振り返るが、本人は大いに困惑した表情を浮かべて首を横に振るばかりだった。
「あたし……あたしは、何も聞いてないよぉ~……」
「怪しいニャ」
 ミオは疑いの目を向けたが、マーヤが何も知らされていないのはたぶん事実だろうと朋也は思った。
「朋也。敗れた以上、お前さんの意向には従うが……たとえエデンが滅びると知っても、女を取り返したいか?」


*選択肢    当たり前だ    わからない    どっちも救う

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