戻る



15 紅玉のアニムス




「……アウラ・セト・ベツラム・ユブ=マ・デアゴル・スメアゴル・ヴィセネ……」
 扉をくぐった途端、溶鉱炉にでもいるような熱気に包まれる。三方には壁がなく、マグマ溜まりの上部にぽっかり開けた空洞に真っすぐ橋が伸び、祭壇が設けられているのはその先端だった。横から下をのぞくと真っ赤に灼けた溶岩の湖が渦を巻いている。もちろん、ここは魔法による障壁に護られているんだろう。でなければ、熱気と有毒の火山ガスにとっくにやられているはずだ。陽炎のように揺らめく空気を通して、祭壇の中央に両腕を天に掲げて立ち、儀式の呪文を唱ずる大柄なイヌ族の姿が見えた。
「……デ=ルァンマ・ビシュヌ・ナウア・アム・ワン……」
 トラの3人の子分たちは、愛する者のそばにじっととどまることを選択した。その代わり、鉱石もアイテムも朋也たちに残らず渡し、毛づくろい(大抵の哺乳類の種族が持っているヒーリングのスキル。呼び名のとおり毛づくろいの深化したもの)をありったけ駆使してパーティの回復に努めた。
 そればかりか、ゲドは自分の持つイヌ族のスキルをジュディに分譲することまでやってのけた。それは同族の間でのみ可能な、一生に一度しか行えない特殊な行為で、自分がそれまで磨いてきたスキルは当然その分だけ失われることになる。ベスの命令に従ったとはいえ、千里を誘拐した下手人として罪の意識を感じたのだろう。
 ジュディは彼のことを全面的に許し、自分が彼に代わって必ずトラの仇を討つと誓った。
 自分たちがいない間に3人がモンスターに襲われるのを朋也は心配したが、ブブはすべて片が付くまでくたばるつもりはないし、モンスターにはトラの亡骸に指1本触れさせはしないと胸をたたき、5人を送り出した。それで、朋也も彼らを信じることにした。
 トラたちとの戦いで消耗した体力は、それでもまだ完全に取り戻したとはいえなかったが、いま朋也の心は眼下に沸き立つマグマのように激しい憤怒に駆り立てられ、疲労を感じる余裕すらなかった。
「……オルドロイの紅蓮の炎を身に纏い、生と死を統べる神の化身、天翔けるフェニックスよ!! ここに我が供物を受けよ! 我が下へ降りよ! 我が従僕となりて、我に力の源をもたらしめよ! 紅玉を我が下へ!!」
 ベスの声が一際大きくなる。儀式は佳境を迎えつつあった。間もなく月が蝕に入る。エデンの各地から寄せ集めたらしい様々な供物が並ぶ祭壇の中央に、十字架に括り付けられがっくりと首を垂れている千里の姿があった。
「千里ーーっ!!!」
「ご主人サマーーッ!!!」
 2人はベスの詠唱にも周囲のマグマの咆哮にも負けない大声を張り上げ、彼女の名を呼んだ。千里はうなだれていた顔を上げてこっちを見た。朋也たちの姿を認めて大きく目を見開く。思ったほどやつれてはいないようだ。
「あ……ど、どうしよう!? ご主人サマがボクのこの格好見るの初めてだったんだ……」
 もう一度叫びかけたところで、ジュディがオロオロと狼狽した声を上げる。
 だが、心配は要らなかった。一行の中にジュディの姿を認めた千里の顔に、パッと喜びと安堵の色が広がる。
「!? 朋也!! そっちの子は……ジュディ、ジュディなのね!? わかるわよ、私……。ジュディ、会いたかった!!」
「う……ご主人サマ~~ッ!! ボクも会いたかったよぉ!! ウワァァ~~ン!! アオォォ~~ン!!」
 火の竈のマグマを鎮火せんばかりの勢いで泣きじゃくる。
「ちっ、後一息だというのに、とんだ邪魔が入ったものだ……」
 詠唱を中断したベスが朋也たちを振り返り、苦々しげにつぶやく。
「フェニックスを従えるですってぇ~っ!? バカも休み休み言いなさいよねぇー! 神鳥様があんたなんかの下僕になるわけないじゃないのぉー!」
 マーヤが前に出てきてまくしたてる。
「フン、君はキマイラの子飼の妖精のくせに、何も知らないらしいな」
 軽蔑と憐れみの混じった目で神獣の遣いを見ながら鼻を鳴らすベスに、彼女はカンカンになって小さな両手を振り回した。
「な、何よぉ! 失敬しちゃうわぁ~っ!」
「ベス、千里は返してもらうぞ! それと、トラの仇も討たせてもらう!!」
 マーヤを制して自分が前に出ると、彼をにらみつける。
「みんなを……みんなを返してよっ!! クルル、絶ッ対許さないからっ!!」
 トラに残酷な事実を告げられて以来、ほとんど押し黙ったままだったクルルが、涙混じりの声で虐殺の張本人に向かって怒りを爆発させた。
「この日を迎えるまでの道のりのどれほど険しく長かったことか……。紅玉の復活の邪魔はさせぬ! お前たちにはまとめて消えてもらうぞ!!」



次ページへ

ページのトップへ戻る