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マーヤ: +++

 30分経過……。さすがに足が痺れてきた(もう2、3回組み替えたけど)。くたびれているのを彼女に悟られないよう、何気ないふうを装ってなおも立ち続ける。最初に壁際にポジションを択ったのは正解だった……。
 すでに嗚咽はほとんど止み、時折鼻をすするだけになっていた。ほとんど姿勢を変えなかったマーヤだったが、ようやく懐から(よく見えなかったが、彼女は羽の根元にちっちゃなポーチを括りつけているらしかった)4分の1サイズ程度の小さいハンカチらしいものを取り出すと、ちいんと鼻をかむ。
 それから、彼女は朋也を振り返った。刺々しい目つきできっとにらみつけた先ほどとは打って変わった笑顔で。目は真っ赤だったけど。
「……不思議だよねぇ、涙ってぇ。誰かを恨んだり、憎んだりしちゃいけないってわかってるのに、自分を抑えられない時、思いっきり泣くと、そんな嫌な気持ちを洗い流してくれるんだものぉ……。朋也ぁ、そばにいてくれてありがとねぇ……」
 ペコンと頭を下げる。朋也は優しく微笑み返しながら、首を横に振った。こんなとびきりの笑顔を拝むことができたんだから、やっぱり待った甲斐があったな……。
「あたし、ニンゲンは嫌いだけど、朋也だけは例外だよぉ……」
「マーヤ……俺も、俺たちの先祖がしでかした過ちは許せないし、同じ種族の一員としてとても恥ずかしいことだと思う。だから、少なくとも俺と千里は、マーヤを悲しませるような真似は絶対しないって誓うよ。トラが言ってたけど、俺もエデンが好きだよ。マーヤや、クルルや、フィルや、ビスタやユフラファの人々、この世界に暮らすみんなが好きだよ。だから、これ以上エデンで悲しいことや辛いことが起きないよう、出来る限りのことを尽くすよ。それが、俺にできるせめてもの罪滅ぼしだと思うから……。だから、マーヤも元気出してくれよな?」
「うん……朋也や千里みたいな人がいる限り、ニンゲンもまだまだ捨てたもんじゃないなって思うよぉー……」
 そう言うと、マーヤはフワリと舞い上がって朋也の肩の上に場所を替えた。彼女を乗せたまま、朋也は欄干の上に身を乗り出し、2人して眼下に広がる光景を見下ろした。
 神殿の場所からオルドロイ山の麓まで伸びる荒涼とした山肌を、満月の白い光が煌々と照らし出し、ところどころ陰影を蒼く浮かび上がらせている。左手には黒々とした森林が広がり、正面やや右寄りに開くモルグルの地峡の先にはユフラファやはるかビスタの街の灯りまでが見渡せた。吸い込まれそうになるほど、美しく幻想的な夜景だった。
 トラに……そしていま彼女に誓ったとおり、この世界と、そこに住む人々を護りたい──朋也は心からそう思った。
 時間を忘れそうになるほどうっとりと月夜の景色をながめてから、顔のすぐ隣に乗っかっている可愛らしい妖精に話しかける。本当はいつまでもこうしていたかったけど。
「さぁ、そろそろ冷えてきたし、もう中へ入ろっか?」
「ええ♪」



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