その日は本当なら昼前にはユフラファへ向けて出発する予定だったのだが、ミオvs千里騒動の余波で昼食後に延ばすことになった。
マーヤは昼食の時間、朋也が捜しに回ろうかと思いかけた頃になってようやく姿を見せた。どういうわけかえらく消耗している感じだったが、朋也が尋ねても「何でもないよぉ……」と繰り返すばかりだった。まだ神鳥のことを悼み続けているのかもしれないけど……。
朋也たちがユフラファに出かける理由は2つ。1つはクルルを送り届けること、そしてもう1つは……辛い出来事を報告することだった。
残された村人たちにどうやって切り出せばいいのか、未だに思いつかない。夫を、息子を、父親を失った女性や子供、老親たちの悲嘆を想像するだけでも胸が痛んだ。引き伸ばせるものならそうしたいが、もちろんそういうわけにはいかなかった。ある意味、神殿に来たウサギ族の中で唯一残った生き証人とも言えるクルル1人に、重荷を押し付けることはできない。
クルルといえば、村に送り届けた時点で「お疲れさま」ということになる。ビスタの酒場で出会ったのが彼女にとっては運の尽きだったのかもしれないが、朋也たちにとっては彼女に一行に加わってもらえて大助かりだった。モンスターとの戦闘でも予想以上の力を発揮してくれたし、救護係としての腕も確かなものがあった。何より、細々と気配りを働かせ(思い込みの激しい部分もあったけど)、いつも笑顔を絶やさずにいた彼女のおかげで、みなずいぶん心を救われたのは否めない。強敵のトラやベスから千里を奪い返すという難題を前に、ともすれば沈みがちだったパーティのムードを前向きに維持してくれた功績は大きかった。最後の1日は、彼女にとってあまりに辛い体験だったけど……。もう二度と会えなくなるわけではないとはいえ、その彼女の溌剌とした笑顔を見れなくなると思うと寂しいものがある。ミオはビスケットから解放されるのを喜んでいるみたいだが。
ゲド、ブブ、ジョーの3人は、ユフラファへは行かず、数日神殿を見て回ってイヌ族の生き残りをかき集めるという。事件の最中に、2人の頭領を失った組織の大半は神殿から散り散りに逃げ出し、最後まで踏みとどまったのは彼ら3人組以外にほとんどいないようだったが。落ちこぼれといわれた弟分たちのほうがそれだけ肝が据わっていたということだろう。今頃トラも天国で誇らしく思っているに違いない。
ともかく、3人はその後で、男手のほとんどを失ったユフラファの支援に赴くつもりだと、クルルに請け合った。本当は、トラと一緒に仕事をした思い出の場所でもある神殿が朽ちないよう、プラクティスを続けたかったみたいだが。もっとも、数年は元の瓦礫の状態に戻ることはないし、マーヤに頼んで妖精たちに再建した神殿の活用も検討してもらおうと朋也は考えた。
昼食後、ゲドたち3人に別れを告げ、一行はユフラファに向けて出発した。村に到着する頃にはもう日が暮れているだろうが、仕方がない。下山のほうが上りよりは多少楽だし、往路より気持ち早く着けるだろう。
道々ずっと、クルルは村までみなに同行してもらうのを恐縮がっていた。千里とクルルは割とウマが合うと見え、すぐに互いに打ち解けた。最初にビスケットを目にしたときは、朋也たちと同様彼女も時が止まっていたけど……。千里はクルルを一通り誉めてから、彼女のレシピを聞き、粉と水の配分やオーブンの温度をもうちょっと工夫したほうがいいと、やんわりとアドバイスした。基本のような気がするけど……。クルルは彼女のアドバイスに真剣に耳を傾け、目を輝かせて更にビスケット作りの腕を磨こうと奮起したようだった。こういうのはやっぱり女の子同士に任せるのが一番だな。千里の指導を受けていれば、クルルの自慢の一品もそのうち抵抗なく食べられるようになる……かもしれない。
ジュディを合わせた3人がおしゃべりにいそしんでいる間、朋也は必然的にミオとマーヤのお守りに回ることになった。マーヤは普段だったら会話に混じって、ほとんど半分は自分1人でしゃべっているはずだったが、今はどういうわけか口数も少なくトボトボと一行の最後についてきた。特に千里に対して負い目を感じているようなところがうかがえた。ミオはいつもの調子だったけど。この2人の面倒を同時に見るのは結構大変なんだよなぁ。
夕方近くになって、一行はモルグルの峠まで戻ってきた。この分なら思ったより早く村に入れそうだ。そう思いながら、くねくねと折れ曲がる山道を歩いていたときだった
バサバサッという羽音に、朋也たちは頭上を振り仰いだ。切り立った崖の上にリルケが立ってこちらを冷たく見下ろしている。
そして、彼女の隣にはもう1人の人物がいた。行きでもこの場所で出会った、朋也の知己のグレーのネコ族──
あれはカイト!? どうして2人が一緒にいるんだ??