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ミオ: -
千里: -
ジュディ: -
マーヤ: ++
クルル: +

 朋也はやっぱり樹の精を呼び出すのをやめ、隠れ里を目指すことに決めた。マーヤがいるかどうかはわからないが、仮に彼女が来ていなかったとしても、これまで知らされていなかったエデンと神獣に関する裏の情報が聞けるかもしれないし、行ってみるだけの価値はあると考えたのだった。もし、彼女がいたら……もう一度同行まではしてくれないにしても、どうせなら気持ちよくさよならを言いたい……。
 朋也は再びフルートをポケットにしまい込み、3人を振り返った。フィルにはせっかくフルートを譲ってもらったけど、いずれまた活用する機会はあるだろうしな。
「ブブから聞いた妖精の隠れ里をちょっと捜してみようと思うんだ。昼までに手がかりが見つからなければ、あきらめてシエナへ行こう」
「隠れ里なんて、なんだかワクワクするよねっ♪ もしかしたら、マーヤもそこにいたりしないかな?」
 クルルは無邪気に賛意を示した。テーマパークかなんかだと思ってんのかな……。千里は黙ってうなずいただけなのに対し、ミオのほうが渋い顔をする。
「時間オーバーは認めニャイわよ?」
「ああ、わかってるよ」
 さっそく一行は出発した。いざ森の中に踏み込んでみて、朋也たちはあらためてその広さに驚かされた。クレメインが丘陵地帯を覆う森で景色の変化が目についたのに対し、こっちは地勢が平坦でどこまで見渡しても果てしなく同じような木々が続いている。まるで緑一色のミラーハウスに潜り込んだような気分だ。
 歩き始めて20分もしないうちに、隠れ里を見つけるなんてほとんど不可能な気がしてきた。大体、森の中のどこにあるのかもわかってないし、隠れ里というからには目立つ場所に看板や標識を立ててたりするわけがない。まあ、半日くらい息抜きを兼ねて緑の中を散策するのも悪くないだろうが……。
 エルロンの森は、地形ばかりでなく、構成する木々もクレメインとはだいぶ趣を異にしていた。クレメインは温帯の極相林に近く、日の当たる斜面や道沿いを除いてほとんど老成した幹周りの太い陰樹に占められていた。それに比べると、エルロンは林床の空間にやや余裕があり、樹木の平均年齢が低く若木もあちこちに育っていた。森にもそれぞれ個性的な〝顔〟があることをフィルには教わったけど、例えて言うなら、クレメインが気難し屋の老人の森なら、エルロンは働き盛りの壮年期の森というところか(フィルには悪いけど)。エルロンの樹の精はどんな姿なのか、一度は会っておきたかったな。
 エルロンを通る道も、クレメインと同程度にプラクティスされていた。ミオによれば、中央の高地を越えて大陸の西と東を結ぶ要路は、クレメインよりさらに南の山間部を抜ける道と、オルドロイをぐるっと北側に迂回する道と、合計3本あるそうだが、東西の拠点都市であるシエナとビスタを往復するには、このエルロン経由の道が最も多く使われているということだった。それでも、交通量はかなり少なかった。エデンの都市や村は一つ一つをとっても自給自足に近く、各地域で需給体制はほぼ完結しているため、東西間の交易の必要性は高くなかったのだ。
一行は一度だけ旅の行商人とすれ違った。その大きな風呂敷包みを背負ったトガリネズミ族に、朋也は妖精の隠れ里のことをそれとなく尋ねてみた。
「この森に妖精の隠れ里の噂があるの、知ってますか?」
 彼は朋也の質問を聞いて一瞬ギョッとなった。
「ああ!? 何寝惚けてんだべさ? そんなもんあるわけねえっぺ!?」
 長い鼻に皺を寄せて噛み付くようにそう言うと、商人は包みをかばうようにしながらそそくさと去っていった。チラッと見えた風呂敷の中身は乾燥したキノコのようだった。
「今のやつ怪しいニャ。あたいが吐かせてやろうか?」
 後ろ姿を目で追いながらミオが低い声で訊く。
「やめとけよ」
 こんなときに市民を脅かしたかどでお尋ね者になりたくはない。ネコ族のミオの目つきが気になったのかもしれないし……。もっとも、途中から分岐がある度に枝道に入るようにしていたから、そのトガリネズミも何かの理由で寄り道していたはずだが……。
 それきり、道中では誰とも出くわさなかった。モンスターには相変わらずたびたびちょっかいを出された。ヒト族が2人に増えた所為もあるかもしれない。モンスターのレベルはクレメインの森に比べかなり高かった。あっちには神木があるしフィルもいる分、結界の威力が上だったんだろう。この短い期間にもモノスフィアの影響が強まっているとは考えたくなかった……。
 脇道に入ってしばらく進むと、プラクティスが足りないせいか滑らかだった道が細くでこぼこになり、だんだん獣道に近い状態に変化してきた。疎らだった周囲の木々は次第に密になり、頭上に茂る葉を通して地上に差し込む光も弱まり、辺りは薄暗くなる。森のかなり奥にまで来た証拠だろう。だが、近くに妖精たちの住処があるという証拠らしきものは何も見当たらない。
 太陽が南中にさしかかり、さすがに朋也ももうあきらめようとしかけたとき、ミオが立ち止まってヒゲをヒクヒクさせながらつぶやいた。
「おかしいニャ? この道さっきも通ったはずだけど……」
「うん。クルルもそんな気がするよ」
 クルルも同意を示す。
 方向音痴の朋也にはよくわからなかった。だが、2人が言うからには間違いないんだろう。成熟形態の各種族は前駆形態のときと同様、方向感覚には優れているため、エデンにはそもそも方位磁針というものが存在しない。おかげで朋也は、針路の決定はほとんどミオたちに任せきりだった。
「どういうこと? まさか、同じとこをグルグル回っているとか?」
 千里が不安そうに周囲を見回す。
「ひょっとして、樹の精に騙されてるのかな?」
 天狗の仕業じゃないけど……。でも、2人の感覚を欺けるとすれば、他の理由は考えられない。
「……かもね。あたい、隠れ里ニャンて信じてニャかったけど、これはひょっとしてひょっとするかも」



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