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 夜中に朋也はふと目を覚ました。いつのまにか火は消えており、千里がそばにうずくまったまま寝息を立てていた。
 しょうがないな……。まあ、彼女も疲れていたに違いないが。森の中では1泊しかしない予定だったので、寝袋などの装備は持ってきていない。ルビーの魔法で暖をとるのが簡単なこともあるけど。朋也自身は魔法としては初歩のルビーも唱えられないため、千里にきちんと肌掛けを掛け直してやると、バックパックの中からマッチを探そうとした。
 と、そのとき何かの音に気づく。低い、地響きのような音だ。次第にこちらに近づいてくる。朋也はなんだか胸騒ぎがした。フィルが強力な二重の結界を張ってくれてるので、並のモンスターには中に侵入できないはずだが……。
 ミオたちも起きてきた。千里の肩を揺らしながら小声でささやく。
「おい、千里! 起きろ!」
「ん……朋也? もう交代の時間? ……じゃなかった、私が交代するんだった、ゴメン」
「そんなことはいい。何か来てる。注意しろ! それから、火を起こしてくれないか?」
「わかったわ」
 彼女も緊迫した雰囲気を感じ取ったようだ。頭を振ると、頬を自分の両手ではたいてシャキッとさせる。
「ルビー!」
 薪が再び赤々と燃え上がり、周囲にゆらゆらと影を作る。朋也は音のした方角に目を凝らした。一行が休んでいたのは、シエナに向かう道を少し外れた奥にある林床だったが、音がしたのはその道のほうだった。
 いた。木々の間を通して黒い影が見える。それもデカイ……。林道をのし歩いていたそれは、道を逸れて真っすぐ朋也たちのいる場所を目がけて来た。メキメキと木々を踏み倒す音が聞こえる。そいつは神木の結界を何の苦もなく突破した。一番手前の木の間からぬっと首を突き出す。
「ひ、ひゃあああっ! ヘビさん、それも頭が3つあるよ~~」
 クルルが金切り声をあげる。苦手らしい……。
 正確には、ヘビだったのは3つの頭部のうちの1つで、残りはワニとカメだった。頭1つの普通のヘビよりよっぽどグロテスクだったけど。
 フィルが1歩進み出る。
「あなたは……エメラルドの守護神獣キマイラの使役する三獣使のお一方ですね!?」
「如何ニモ。我ハきまいら様ノ三獣使ガ一人、れぷときまいらナリ。フシュシュゥ」
 三獣使か。エデンの翻訳機構のネーミングはときどき理解に苦しむんだよな……。ともかく、キマイラの手下だってことはこれではっきりしたわけだ。
「あなた方は、170年前の紅玉の封印解放後の混乱収拾に際して、各地の森で損害を与えた賠償誓約事項の中で、神木の管轄下の森に侵入することは禁止されていたはずですが?」
「現下ハ神獣-神木間不可侵条約上ノ第63条第2項、条項ニ縛ラレナイ非常事態ニ該当スル。スナワチ叛逆種族にんげんノえでん到来ダ。ツイデニ言エバ、カノ契約ハ既ニ無効ダ。オ主タチ、脱走シタ妖精ヲ森ニ匿ッテイルデアロウ。きまいら様ハ何デモオ見通シダ。フシュゥ」
 威嚇するように鎌首をもたげたキマイラの従者からフィルをかばうように、朋也は前に出た。他の3人も警戒態勢を整える。クルルはまだ足元が震えてるけど。
「フィル、話してわかる相手じゃなさそうだぞ」
「ソノ通リ。対話ニヨル外交的解決ヲ図ル場合ニハ、きまいら様ハ我ヲ遣ワセハシナイ。カツテまりえるノ叛乱ヲ鎮圧シタ時ノヨウニ。媒体ノにんげんヲ捕獲シテ残リハ始末セヨトノきまいら様ノ仰セダ。フシュシュゥ!」
 いきなり〝カメ〟が炎を撒き散らす。ガ○ラじゃん……。クルルが魔法反射スキルを発動して防ぐ。が、近くにあった木が火の粉を被って燃え始める。
「すまない、フィル!」
「いえ。周辺に延焼が及ぶ前にレプトキマイラを倒しましょう」
 あくまで冷静かつ合理的な樹の精だった……。
 フィルとクルルのサポートを受けながら、朋也とミオが打って出る。レプトキマイラ本体の動きは決して素早くなかったが、5m近い甲羅から伸びる3つの首は伸縮自在で侮れなかった。毒を吐きかけてくるヘビ、肉挽機のようなワニ、カメといってもカミツキガメやワニガメのような鋭い歯を持つカメ、いずれもなめてかかると命取りになる強敵だ。前衛が2人だとちょっとキツイ。といっても、フィルと千里は前衛向きじゃないし、爬虫類恐怖症のクルルを無理に出させるわけにもいかない。こんなときジュディがいてくれりゃな……。
 一層厄介だったのは、頑丈な甲羅だった。試しに殴ってみたら10秒くらい手が痺れっぱなしになる……。すっぽり首ごと潜られると、こっちは手の出しようがなかった。まるで素手で戦車と格闘してるみたいだ。物理防御が鉄壁な上に、フィルのステータス攻撃も効果がない。
 手を拱いているうちに、さっきの炎が広がりだした。千里が焦って延焼を食い止めようとサファイアを発動する。Ⅱでも十分だったが、慌てていた所為かレベルⅢを放つ。鉱石もったいないのに……。朋也たちにまで冷気が降りかかる。
 と、レプトキマイラの動きが急に鈍った。どうやら弱点も爬虫類らしく冷気のようだ。
 すかさずミオが指示を送る。
「千里! クルル! サファイアを連発して!!」
「OK!!」
「ふえ~、で、でもヘビさんが怖いよ~(T_T)」(注)
「ったく、役に立たニャイガキンチョニャンだから!」
「もういい! クルルは守備固めと回復だけ頼む!」
 ともあれ、千里のサファイアは大いに有効だった。不利を見て取ったのか、レプトキマイラの3つの首はすっかり甲羅の中に閉じこもってしまった。2人が攻撃をやめてもうんともすんとも反応しなくなる。こうして見るとただのバカでかいカメだな。
「どうする?」
「蒸し焼きにしてやるニャ。あんた、スキルはレベル9までいってる?」
 ミオが指示したのは、ネコ族の最強スキル、乱れ撃ちの九生衝に次ぐ高威力の技で、物理攻撃の九生衝と違い魔法ダメージを与えることができた。冬場に毛物を着てネコを抱っこしたりすると、電化製品に被害が及ぶほど凄まじい静電気が発生することがある。ネコの毛皮はそれだけ静電気を溜めやすいのだが、成熟形態のネコ族はそれを攻撃技として活用することができるのだった。名づけて〝エレキャット〟──。幸い、このスキルは毛皮を着てない朋也でも発動できた。
「千里はあたいたちに合わせてルビーをぶち込んで!」
 雷属性魔法のエメラルドではなくルビーを指定したのは、キマイラの従者だけに吸収してしまうことが予想されたため。
「エレキャット!!」
「同じく!!」言うのハズイ……。
「ルビーⅢ!!」
 3人の技を同時に発動する。甲羅の中でボンッ!という破裂音のような音がし、再び静まり返る。3分余り経過したところで、のっそりと3つの首が這い出してきた。さすがに爬虫類だけあってシブトイ──と思ったら、そのままべったりと地面にくずおれる。
 ほどなく、レプトキマイラの身体は緑色の光の粒子に分解していった。後には巨大なエメラルドの鉱石が転がり、乾いた音を立てる。
「やった!!」
 三獣使の1頭を倒せたぞ!! 朋也は少しジュディを取り戻せる自信がついた。もちろん、キマイラ本人と戦うのは最悪の場合に限るけど。
 一同が強敵相手の長期戦を終えてホッとしていると、どこからか声が聞こえてきた。
≪なかなかやるじゃないか、朋也。ま、その程度の相手にやられてもらっちゃ、こっちとしても面白みがないけどね……≫


(注):相手がヘビ型のモンスターの場合、クルルは攻撃不可で全ステータスが下がる状態異常「ヘビさん怖いよ~」にかかる。戦闘中は治癒も不可。



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