黒い影がサンエンキマイラのすぐ隣に舞い降りる。リルケだった。彼女は目にも留まらぬ速さでサーベルを抜くと、サンエンの巨大な1つ目を貫いた。
「ウギャアアアアッ!!!」
緑の血を滴らせながら、両手で顔を覆ってうめく。その間に、リルケは囚われていた妖精を抱きかかえた。
「キ、キ、キサマ……コンナコトヲシテ、タダデ済ムト……思ッテイルノ……カ!?」
キマイラの化身は捨て台詞を残し、緑の光の粒に分解していった。巨大なエメラルドの鉱石が地面に落ちて転がり、朝日を浴びてキラリと輝く。
リルケは緊張する朋也たちの前に降り立つと、妖精をそっと離した。羽を握りつぶされて当分の間は飛べそうになかったが、それ以外特に怪我はないようだ。抱き合って無事を喜ぶ妖精たちを横目に、朋也もほっと胸をなで下ろした。
「リルケ……」
「すまなかった……」
上司であるはずのキマイラの分身を消滅させても無表情なままだった彼女が、慙愧の念を滲ませながら頭を下げた。
「三獣使は170年前の混乱を鎮めるため、キマイラが急ごしらえで生み出した遣い魔どもだ。ニンゲンの残党や一部の氾濫分子の妖精を征伐するために解き放ったな。だから、破壊する能力のみに比重が置かれて、知性と理性は授けられなかったんだろう。もっとも、それさえ力を誇示して、住民に畏怖を植え付けるための《彼》の計算だったのかもしれないが……」
それから千里に向き直る。
「お前のところのイヌ族には危害は加えていない。彼女の身の安全は私が保証する。日蝕が始まるまでは……」
用件だけ伝えると、踵を返す。朋也は彼女の背中に向かって叫んだ。
「リルケ! 彼女を助けてくれて、ありがとう……」
リルケは振り返って朋也を一瞥したが、何も言わずに飛び立つと、東の空に去っていった。