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 一行はさらに大通りに沿って市街を先に進んでいった。ほどなく人だかりに出くわす。
「何だ?」
「クルルが見てくるね!」
 人垣のせいで前が見えないため、彼女はピョンピョン跳びはねて中をのぞこうとした。しばらくして仲間たちのところへ報告に戻ってくる。
「ウシさんが見たこともないヘンなものに乗ってた……」
 クルルの説明では余計わけがわからない……。
 しょうがないので、朋也は人だかりの輪の後尾にいたタヌキ族に、野次馬の喧騒に負けないよう大声で尋ねた。
「あの~、もしもし!? これは一体何の騒ぎなんです!?」
「ああ、ドクター・オーギュストが、また次の発明品とやらを披露してんのさ! 何でも砂漠を突っ切る乗り物なんだと!」
 タヌキが振り返って怒鳴り返す。
 騒ぎの張本人が観衆に向かって叫んだ。
「さて、お集まりの皆さん! これから実際に、このバーガースターエクセレント2号の真価をお目にかけましょう! ああ、危ないからそこちょっとどいてくれませんかね~!?」
 人垣がやっと左右に分かれ、ようやく〝ヘンなモノ〟の正体が明らかになる。朋也はそれを見て驚いた。彼の知っているもの──モノスフィアにあるサイドカーと非常によく似ていたからだ。外観はどちらかというと特撮のヒーロー戦隊が乗ってるようなのに近かったけど……。あれって本当は不法改造車で公道は走れないんだよな……どうでもいいけど。
 エデンには自動車や飛行機がないことはマーヤに聞いていたし、自転車に乗った住民も見たことがない。荷車や橇、船といった物資を輸送するための乗り物はあるが、人の移動手段としてはみな専ら自分の足を用いていた。郵便の類はトリ族が一手に引き受けていたし。急ぐ必要というものを誰も感じてないんだろう。クルルが知らなくたって無理はない。それだけに、オーギュスト博士の発明品に好奇心をそそられた市民がこれだけ集まってきたのだった。
 オーギュスト博士がエンジンを噴かす。といっても、爆音はそれほど気にならない。エデンにガソリンはないはずだけど、燃料は何を使ってんだろ? 天ぷら油かな?
 と、バーガー……2号は朋也たちの見ている前で急発進した。野次馬が一瞬静まり返る。時速50キロは出てそうだ──街中で出す速度じゃないけど。100メートルほど行って急カーブを描き停止する。見た目の恥ずかしさに反して、加減速性能は抜群のようだ。
「いかがですかな、皆さん? このバーガースターエクセレント2号は補助車両にも駆動装置が付いているから、砂地でも楽々走行が可能なわけですな。ポートグレーまでだって3時間で行けます。いいですか、3時間ですよ!?」
 意気揚々として自作をアピールするウシ族を、集まった人々は唖然として見つめていたが、やがて散開し始める。
「なんだ、早く走ってそれで終わりかよ」
「なんだか危なそうね」
「人にぶつかったらどうすんだい!」
 口々に文句を垂れながら去っていく。やがてその場にはオーギュスト博士と朋也たち5人のみが残された。
「朋也。もしあれでポートグレーまで行けるとしたら……」
 千里が耳元でこっそりささやく。
 彼自身も同じことを考えていた。3時間で行けるなら、余裕で明日のレゴラス行の船便に間に合う。まさかそんなに早く朋也たちが現れるとはカイトとリルケも考えてないだろうから、2人の裏を掻くことも可能かもしれない。
「やれやれ、困ったもんです。エデンの住民は、省力化や効率化によって生産性を拡大することがどれほど社会にメリットをもたらすか考えてくれないんですから。移民の流入に伴う人口増加の問題だって一挙に解決できるというのに……おや? 君たちはもしかして、このバーガースターエクセレント2号に興味を持ってくれたのですかな?」
 大げさに首を振って嘆いていたウシ博士が朋也たちに気づいて声をかける。独力でこんな代物を開発できるくらいなのだから、確かに博士を名乗るだけの明晰な頭脳の持ち主なんだろうが……その命名のセンスは何とかならんのか? ウシのくせにどうしたらそんな名前思いつくんだ?
 実を言うと、朋也はハンバーガーが大の苦手だった。ネコの肉を使っているという噂を耳にしてショックを受けて以来、咽喉を通らなくなってしまったのだ。実際はフィッシュバーガーにナマズ=cat fishの肉を使用しているという話に尾ヒレが付いたらしいが、トラウマは結局治らなかった……。
 命名のセンスもさることながら、オーギュスト博士は服装のセンスもかなりアヤシかった。膝まであるヨレヨレの白衣にテンガロンハットときたもんだ。地肌は白黒斑のホルスタインそのもの、すなわち彼も移民なのだろう。鼻輪も付いたままだし……。
 ウシ族を街中で見かけることはもとより少なかったが、モノスフィアからの避難民のウシ族に会ったのは初めてだ。天才ウシであればこそ、機転を利かせて牛舎を脱け出しゲートにたどり着くことができたのかもしれないけど。
「いやあ~、ハッハッハッ♪ いつかきっと私の仕事を認めてくれる人たちが現れるだろうと思っていたんですよ。おや、よく見るとそろいもそろってキュートなお嬢さん方ではありませんか!? これほど可憐な淑女諸姉にこのバーガースターエクセレント2号に目を留めていただけるなんて、これほど光栄なことはありません。ああ、今日はなんと素晴らしい1日なんだろう♪」
 豪快なアメリカン・スマイルを浮かべ、両手を広げながら近寄ってくる。こんな濃いやつとお近づきになんかなりたくないんだけど……。おまけに、何だか目つきがニヤケててタラシっぽいな。こいつに比べたらゲドのほうがマシな気がする……。
 ミオが代表して質問に立つ。
「あんたのサイドカーってこれ1台ニャの?」
「サイドカー? ああ、バーガースターエクセレント2号のことですかな? 他に、排気量の低い1人乗用の試作機バーガースターエクセレント1号と、左右に座席の付いた3人乗用のバーガースターエクセレント3号があります。ご希望になられるんなら、これからでも私の研究所までご案内しますよ」
「ねえ、博士のおじさん! バーガースター……え~と何とか号じゃ長すぎるよ~。もっと簡単な呼び名ない?」
「それでは、BSE2号とお呼びいただいてかまいませんよ、素敵なウサギ族のお嬢さん」
 クルルが博士の相手をしている間、朋也は残る3人とヒソヒソ声で相談に入った。
「どうする? ホントにこんなやつの家まで行くのかい? やっぱりその後の便にしたほうが──」
「何言ってんのよ、願ってもないチャンスじゃない! 乗れる人数もちょうど足りてるし」
「ま、あたいも試してみる価値はあると思うけどね」
「同感です。砂漠を徒歩で越える必要がなくなれば、装備も軽くて済みますし、モンスターとの戦闘リスクも回避できます。戦略的にもかなり有利にことを運べるでしょう」
 ミオもフィルも千里と同意見だった。みんながそう言うんじゃ仕方ないな。なんかこいつ胡散臭い気がするんだけど……。
「私の研究所はご存知で?」
「どこニャの? あたいたちはシエナの住民じゃニャイからね。大陸の西から来たのよ」
「シエナの中心市街から少し北に外れたところにあります。徒歩でも行けますが、いまご一緒にこのBSE2号でお連れできるのは1名……実は、私以外の方に試乗いただくのは初めてでして。私としてもこんなお美しいお嬢さん方にお乗りいただけるなら発明家冥利につきます。さて、どなたにこの栄誉をお受けいただけますかな?」
「じゃあ、クルルが──」
 手を挙げかけたクルルの口を朋也はあわてて塞いだ。
「ああ、一緒に行くのは俺でいいよ」
「ええ……その、殿方はこちらのお嬢さんたちとはどのような関係で?」
 あからさまに渋い顔をして、今まで眼中になかった朋也に怪訝そうに訊く。
「まあ、ボディガードみたいなもんかな?」
「ほう……まあ、確かに最近のエデンはモンスターも非常に凶暴化してますし、女性ばかりのパーティーで旅をするとなると危険が伴いますからな。しかし、私の発明品には護身用の品々も数多く取り揃えてありますから、わざわざボディーガードなど雇い入れなくてもいいよう、皆さんにだったら好きなだけ差し上げますのに……」
 どうやら俺のことを追い出したいらしいな……。ミオが、余計な嘘を吐くから……とにらむ。
「ああ、ゴメンニャさいネ。今のはほんの冗談♪ このひと、あたいたちの旦那ニャのよ。ちなみに、あたいが正妻ね♥」
「あら、ミオちゃん、正妻は確か1日交代のはずだったわよね~? あなたは今夜までで明日は私の番よ♥」
「じゃあ、クルルが3番だねっ♪」
「私は4番ということで……」
「ふみゅ~……覚えてニャさいよ、千里!」
 余計な嘘どころか真っ赤な嘘じゃんか!? 3人とも話合わせてるし……。
 饒舌だったウシ博士がそれを聞いて言葉を失う。一瞬ジロリと朋也をにらんだ目つきは、背筋が寒くなるほどの敵意を含んでいたように思われた。
「そういうわけだから、彼と一緒に先に行っててちょうだい♪ あたいたちはボチボチお邪魔するから」
「ああ……ええ……わかりました。皆さん、どうかお気をつけて。では、行きますか……」
 促されてサイドカーに乗り込む。いきなりBSE2号が逆進し、朋也は危うく席の前の防風フードに額をぶつけるところだった。
「おっと、失礼。さあ、しっかりつかまっててくださいね」
 いま「ちっ」とか舌打ちしたのが聞こえたぞ!?


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