オーギュスト博士の住居兼研究所までは、BSE2号だとものの5分とかからなかった。道中2人はまともに口をきかなかったが(同乗したのがクルルだったら彼が口を閉じていることはなかったろうけど)、一度だけウシ博士のほうから尋ねてきた。
「……あなたはいわゆるニンゲン族ですな?」
「うん。……君もモノスフィアから来たんだろ?」
朋也のほうからも礼儀として質問する。実際、虫の好かない相手ではあったが、彼の身の上には否が応にも興味をそそられてしまう。
「ええ、そうですよ」
「やっぱり、その……いろいろ、辛い目に遭ったんだろうな?」
朋也が向こうでウシと対面した経験は、小学校の遠足で観光牧場に行ったくらいのもので、正直家畜の境遇に思いを馳せたことなどなかった。だが、いざエデンでウシ族を前にすると、ネコ族やイヌ族以上に後ろめたさを覚えざるを得ない……。
ところが、オーギュスト博士のあっけらかんとした返事は完全に予想を覆すものだった。
「いえ、全然。楽しかったですヨ♪ 向こうで私も成長しましたし、自分の存在意義も見出せましたからね……」
そんなウシの天国みたいなところがあっちにあっただろうか? ムツ○ロウ王国かどっかか? でも、それなら一体こいつがエデンに来た理由は何だったんだろう?
その疑問を口にする前に彼の研究所に到着する。街外れに位置する大きな屋敷は、いかにもマッドサイエンティストの館を思わせた。中には妙なカラクリがいっぱい詰まってそうだ。オーギュストがBSE3号を車庫から引っ張り出しに行っている間、朋也は研究所の門の前で皆を待った。
ミオたち4人は20分ほどで到着した。タイミングを計ったかのように、博士が3号に乗って颯爽と登場する。なんかちっこいのを連れてきたぞ?
「こちらが3人乗りのバーガースターエクセレント3号機になります」
「わあ、なに、その子? かわいいね♥」
クルルがはしゃぎ声を上げる。サイドカーよりちょこまかと動き回る物体のほうに興味が沸いたようだ。
「この子はウシモフといって、鉱石から抽き出した魔力で動く自動機械ですよ。さあ、ウシモフ。素敵なお嬢さん方にご挨拶おし」
「ゴ機嫌麗シュウ、オ嬢サマ」
ペコンと頭──というか、全身の3分の2ほどある上体を下げる。
「きゃあ~、挨拶までできるんだ♪ すごい、すごぉ~い!」
クルルが感激してピョンピョン跳びはねる。
「ア○ボやア○モよりよく出来てそうね。やっぱりこのひと天才なのかも……」
千里がひそひそ声で耳打ちする。確かに、独力でロボットまで造れちゃうんじゃ本田宗○郎もドクター○松も顔負けだ。センスは相変わらずだけど……。
「さて、本題に入るけど、この2号と3号、ちょっとの間貸してもらえニャイかしら?」
ミオは興味がないようだ。ネズミかゴキブリサイズであれば話は違ったろうけど。
「なんと! バーガースターエクセレントをご使用になられたいと!? それは、お嬢さん方のお役に立てるのであれば、二つ返事で──と申し上げたいところですが……」
「もちろん、お礼はするわ。必要なだけ鉱石を譲るわよ?」
オーギュスト博士はじっと考え込んだ。
「ああ、いえ、別に代金を請求する気はありませんが、はたして皆さんに乗りこなすことができるかどうか……」
「どれ、ちょっとハンドルを握らせてもらってもいいかい?」
サイドカーなら安定性は問題ないし、以前通学で原チャリを利用している友人に、ニュータウンの空地でこっそり貸してもらったこともあったため、不安はなかった。さっき2号に添乗させてもらったときに見た限りでは、操作もほぼ向こうのと似たようなもんだったし。
朋也はドクターに簡単にレクチャーしてもらってからキーを受け取り、サドルにまたがった。キーを差し込み、エンジンをかける。アクセルを踏むと、BSE3号は滑らかに滑り出した。爆音はゴテゴテしたマフラーでわざわざ拡張してるようだ。まあ、あんまり静か過ぎると歩行者が気づかず返って危ないからだろう。頬に当たる風が心地よい。こっちじゃ無免許でも取っ捕まる心配はないしな。
彼は研究所を1周してみようと思い、周囲にめぐらされた塀の角を回ろうと軽くブレーキをかけた。その途端、車体がいきなりスピンし始める。
「な、何だ!?」
減速しないうえに、ハンドルが効かない。ていうか、サイドカーのシャフトが逆向いてないか!?
制御できないまま、朋也の乗ったBSE3号は塀に後部を接触させ、彼は外に投げ出された。
「いででで……」
何とか体勢を整えて着地に成功したものの、ネコスキルがなかったら足を挫く程度じゃ済まないところだった。BSE3号はバンパーがへしゃげ、両側のサイドカーの接合部もねじ曲がってそれぞれあらぬ方を向いてしまっている。
「朋也っ!!」
みんなが事故現場に駆けてくる。
「大丈夫? 怪我はない?」
「ああ、何とか」
「オーノォーーッ!! 私の大切なバーガースターエクセレント3号が……」
独り博士だけは乗員ではなく自らの発明品のほうに駆け寄り、額に手を当てて大げさに嘆いた。それから朋也を振り向くと、きっとにらみつけながらまくしたてる。
「何てことしてくれたんです! この子の完成までに一体どれだけの年月を費やしたと思ってるんですか!? ああ、私の輝かしい研究の成果物がこれで台無しになってしまった……」
「事故だったんだからしょうがニャイでしょ? あんたの作った車がポンコツだったせいニャンじゃニャイの?」
ミオがムッとして言い返す。
「なんと! 私の発明したBSE3号が欠陥品だとおっしゃりたいのですか!? この発明家ドクター・オーギュストの誇りにかけて、そんな失敗作を世に発表することなど決してしませんぞ! 第一、この3号は3機のバーガースターエクセレントの中でも最も完成度が高かったんですからな! この私を侮辱するのは、いくらお嬢さん方と言えども許せません!!」
癇癪持ちの発明家は両腕を振り上げて爆発した。
「よろしい! そういうことでしたら、私にも考えがある。これからシエナの妖精部隊を呼んで、皆さんを引き渡すことにします。私の発明品は彼女たちにもいろいろ提供してご好評をいただいておりますからな。フューリーの部隊長にもコネがあるのですよ。最近は市中も物騒になってきたので、170年前に活躍したという治安維持部隊を復活させようという話がありましてね。収監者第1号となっていただきましょうか」
冗談じゃない、捕まって閉じ込められたりしたら期限に間に合わなくなってしまう。
「ああ、ドクター……君の大切なマシンを壊して申し訳なかった。このとおり。お詫びにどんなことでもするから、それだけは勘弁してくれないかな?」
癪だったが、朋也は平謝りに謝った。
「ふむ。では……」
仰々しく腕組みをして博士は言葉を選ぶように考え込んでいたが、やがて口を開く。
「私の手塩にかけた最高級の発明品を破壊した代償として、あなたの一番大切なものをいただきましょうか」
「え?」
「この中であなたにとって一番大切なのはどなたなんです?」
彼の視線の先にあったのは、他でもないパーティーの女の子たちだった──
「おい、いくら何でもそれはないんじゃないのか!?」
何を要求しだすかと思えば、ふざけるにもほどがある。朋也が憤激して突っかかると、自称天才発明家は肩をすくめた。
「じゃあ、仕方ありませんな……」
そう言うと、彼はポケットからケータイっぽい機械を取り出した。
「これも私の発明品の1つでしてね。無線で相手を呼び出せる通信機という代物です。フューリーの妖精長ディーヴァとのホットラインにしか使ってないんですがね……。あなた方をしょっぴくのは厄介そうなので、2、30人の小部隊を送ってもらいますかな」
「待って!!」
ダイヤルを押し始めた彼を千里が制止した。
「えっと、あの~……」
ドクターオーギュストは彼女の次の言葉をじっと待っている。そうは言っても二の句が告げず窮していた千里に、ミオが助け舟を出す。
「ねえ、博士? 今夜一晩あたいたち四人で博士のお相手をしてあげるから、それで手打ちにしニャイ? 四人の手料理に歌に踊りにマッサージまで付く豪華大サービス♥ってことで」
「クルルもビスケットをたくさんご馳走してあげるねっ♪」
「あいにく私、そういう趣味はありませんでね。なに、私もそう理不尽なことは申し上げませんよ。どなたかお一人、ちょっとした夜のドライブに付き合っていただくだけで結構です、はい。こちらの申し出を飲んでいただければ、BSE3号も修理して、2号と一緒にあなた方に無料でお貸ししましょう。さて、どうされますかな?」
1回デートに付き合うだけでポートグレーへの足が手に入るのであれば、悪い話ではないのかもしれないが……こいつ、絶対信用できない気がする。2人きりで夜のドライブなんて危険すぎるよな? だが、断ればジュディを助けに行けなくなってしまうし……。
しばらくにらめっこを続けてから、ミオが観念したように朋也のほうを向いた。
「朋也、あたいはかまわないわ」
「私も」
「クルルもOKだよ」
「私も了承いたします」
残る3人も次々に同意を表明する。仕方ないか……。誰を選んでも危険なことに変わりはない。だとすれば、行ってもらうのは──