戻る



マーヤ: +++

 オーギュストの言うことなどどうでもよかった。〝一番大切な人〟をおめおめと危険にさらすわけにはいかない。でも……一番大切だといって、彼女以外の女の子を危ない目に遭わせるのはあまりに背徳的だ。
「ごめん、マーヤ……頼んでもいいか?」
「うん、わかったぁ。任せてちょ~だぁい」
 こくっとうなずく。いつもよりちょっと自信なげだったけど。フラフラとニヤケウシの後に従おうとしたマーヤを、朋也はいったん呼び止め、そばに寄ると小声でささやいた。
「ヤバイと思ったらすぐに空に逃げろよ? それと、大声で叫ぶこと。いい?」
「オッケェ~♪ それだったらバッチシよぉー」
 親指を立ててウインクする。
「そうそう、お嬢さん。物騒なモノは置いていってくださいね?」
「むむ~、信用ないわねぇ~」
 マーヤは背中の羽の間に背負った矢筒と弓を朋也に手渡しながら、ブツクサと文句を垂れた。
「そういうお前は何も持ってないんだろうな!?」
 朋也に疑いの目を向けられると、オーギュストは白衣のポケットまで裏返しにして見せた。
「ほら、このとおり丸腰ですよ。ちなみに、私は頭脳で勝負するタイプなものですから、恥ずかしながら一族のスキルはまだレベル1でして……。あなたの大切な愛らしい妖精さんは丁重に扱いますから、ご心配なく」
 マーヤがBSE2号の座席の上にちょこんと座るのを確認してから、ドクターは嫌味ったらしく朋也のほうを振り返った。
「イヤ~ッハッハッハ♪ 実はこのバーガースターエクセレントを発明したのは、一度素敵な女性を隣に乗せて走ってみたいな~なんて動機もあったんですよね~。これで念願の夢が叶ったなあ♥ では、小1時間ほどで戻りますので。アデュ~♪」
 かっこつけてテンガロンハットの縁を指でつっつく。にゃろ~、ウシのくせにカイトの真似なんかしやがって、全然似合ってねーぞ! マーヤを隣に乗せ、オーギュストのサイドカーは夕闇の向こうに消えていった。
 はあ……大丈夫かな、マーヤ……。あのおしゃべりウシの相手をするのは一番適任なのかもしれないけど……。それにしても……やっぱりあの二人が水入らずでドライブしてるところを想像するだけで朋也は腹が立った。ので、イメージの中でドライバーを自分に置き換えてみる。きっと喋ってるうちに一時間なんてあっという間に過ぎちゃうだろうなあ。でもって、そのうち五十分は彼女の独壇場だったり……。
 一緒に遠ざかるテールランプを見送っていたジュディがふと呟く。
「朋也って、マーヤが好きだったの?」
「……一応」
 面と向かって訊かれると恥ずかしかったけどうなずく。すでに公言したに近かったし。
「ふ~ん……ボク、朋也はてっきりご主人サマのことが好きなのかと思ってた……」
「千里を? そりゃ、あいつは確かにいいやつだけど……ちょっと距離が近すぎるっつうかな。お前だって、俺たちがそんなふうに付き合ってるとこ想像したらヘンな気がするだろ?」
「……あ~あ、ご主人サマ、フラレちゃったな……」
 頭の後ろで手を組んでため息を吐く。
「え?」
「べ、別に……」
 そのとき、切迫した声でミオが呼んだ。
「朋也っ!! ちょっと来て!」
 朋也たちは何事かと駆け寄った。ミオは研究所の塀に突っ込んだBSE3号の側にかがみ込んでいる。
「この派手ニャ車、ブレーキの先につニャがってるワイヤーが切られてるわ」
 ミオの指差したところをのぞいてみると、確かに彼女の指摘するとおり、肝腎の前後輪の駆動部につながるワイヤーがニッパーか何かですっぱり断ち切られている。おまけに、別の2本のワイヤーはサイドカーの両輪の車軸につながっており、動作した途端ほぼ垂直に近く曲がるよう細工されていた。
「なんてこった! あいつにはめられたのか!?」
 てことは──
「マーヤが危ないよっ!!」
 クルルが叫ぶ。
 朋也たちが戻ろうとしかけたとき、博士の連れていた小さな自動機械、ウシモフが進路を遮った。
「博士ノ発明品ニ触レルナ」
 何だ、俺たちの邪魔するつもりなのか? 蹴飛ばしてくぞ、と足を振り上げようとしたとき──前面のパネルを縁取る発光ランプがちかちかと点滅したかと思うと、ウシモフの身体が見る見る膨張し始める。巨大化するなんていくらなんでも反則だろ……。
 ついにそれは全長2メートル近いずんぐりしたロボットに成長し、威圧するように一同の前に立ちふさがった。
「うそ~、さっきはあんなにかわいかったのに」
 クルルは相当ショックを受けたようだ。
「博士ノ発明品ヲ粗末ニスル者ハオ仕置キデス」
 さっきまではコロコロして愛嬌があったが、このサイズだとグロテスクにしか見えない。驚いたことに、このロボットの正面には人面疽が付いていた。どういうことだ!?
「オ仕置キニ……脳ヲ溶カシテ吸イ取ッテヤル!」
 全身のハッチが開き、バキュームのホースのような触手を繰り出して4人に襲いかかる。朋也は立て続けに矢を放って先端を弾き飛ばした。
「こんにゃろ~、気色の悪いやつめ!」
 ジュディは剣を抜くと、前に出て次々と触手を断ち切っていく。ミオとクルルもすかさず彼女の援護に回った。ミオが朋也に向かって叫ぶ。
「朋也、あんたは行きニャ!! こいつはあたいたちが片付けるから」
「でも……」
「こんニャやつ3人で十分だわ! スクラップにしてやるニャ!」
「うん、クルルたちは平気だよ! それより、マーヤを助けてあげて!」
「でも……」
 朋也がなおも逡巡していると、ジュディが痺れを切らしたように怒鳴る。
「何グズグズしてんだよ!? 早く行けったら行けっ!!」
「すまん! みんな、くれぐれも気をつけてくれよ!!」
「フリーズ!!」
 クルルが相手を凍結させるスキルを発動する。
「さあ、今のうちだよ!!」
 動きを止められている間に、朋也は化け物と化したウシモフの脇をすり抜けた。車庫の前に止められたBSE1号が目に入る。こいつにも細工が仕掛けられてないだろうな? だが、今は躊躇している暇はない。
 試作機1号のキーは刺さったままだった。サドルにまたがるとエンジンをかける。そのまま研究所の門をくぐって敷地の外に出ると、2人が向かった方角を目指した。
 頼む、マーヤ……どうか無事でいてくれ!!(注)


(注):ゲーム上では、この後朋也抜きの3人パーティーでウシモフとの戦闘に。


次ページへ
ページのトップへ戻る