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 すでに太陽は地平線下に没し、残照も間もなく消えようとしていた。2人が去ったほうに目を凝らすが、テールランプは見えない。朋也はスロットルを全開にしてなおも後を追った。
 農地と荒地がモザイク様に組み合わさったエデン特有の光景が左右を過ぎ去っていく。シエナの北側はとりわけ民家が少なく、廃屋が間隔を置いて疎らに見られる程度だった。モンスターが跋扈し始めてからは、住居は大きな集落に集中するようになっていた。そのうえ、北に50キロほど行ったところにはイゾルデの塔と呼ばれる塔がそびえていた。そこは170年前の紅玉略奪事件の後、エデンに残されたニンゲン族を幽閉した場所だといい、住民たちは誰も近寄りたがらなかった。夜になると塔の上から恨めしそうに月を眺めるヒトの女の幽霊が現れるとか、夜な夜な怨霊たちの恨み声が聞こえるとか、そんな怪談めいた噂にも事欠かないようだ。そんなわけで、好んで居を構えるのは変わり者の発明家くらいだった。
 しばらく進むと、景色が変わって畑以外のものが目に入ってくる。明かりがほとんどなくなったため、何かが立ち並んでいるのがわかる程度だ。近づいてみると、それはお墓だった。つまり墓地らしい。まさか夜のデートで女の子をこんなとこに連れてきたりは──
 そのとき、甲高い女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああっ!!」
 クルルだ! 焦った朋也は1号に乗ったまま墓地に乗り入れ、階段を駆け上がった。
 いた! 傍らに停車したBSE2号の側にもつれ合う2人の影が見える。
 そこにいたのはウシ族の住民などではなかった。ウシの姿を装った化け物──むしろ、さっきの巨大化したウシモフの成れの果てに近い。背骨と腸から無数の触手が伸びてクルルの手足に絡みつき、拘束している。あれじゃ得意の足蹴りで蹴飛ばすこともできない。そして、口元に禍々しくうごめく巨大な1本の触手が、今にも彼女に襲いかかろうとしていた。何とか2人を引き離さないと!
「フリーズ!!」
 朋也は相手を凍結させるウサギ族の高位スキルを発動した。相手の動きが止まった隙に、クルルは必死に触手を振り払い、跳びすさる。朋也はすかさず彼女のもとに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「う、うん……」
 かつてオーギュストだったものが頭をもたげて2人を見た。
「おやおヤ、こレハコれハ、ボでぃーガーど殿ではアリマせンか。せッカくノ彼女トの楽しイ一時ヲ邪魔しテくレルとはあナタも無粋ナ人ですナ」
「お前、一体何者だ!? キマイラの手下か!?」
「キマいら? 何でス、そレハ? ドれ、検索しテミるカな……アあ、あリマしたネ。ほホう、こノ世界の神トイうコとですカ。サて、神とハ何ぞや、ト……。あア、旧いデーたべーすニ見つカリマシた。アテな、ブッだ、シヴぁ、きりスト、マホメど=あり、りキドウざン、オきゃクサま……」
 そんな名前がスラスラ出てくるってことは(ヘンなのも混じってるけど)……まさか!? もう一度同じ質問をする。
「お前は……一体何だ!? 何を企んでる!?」
「私ガ何か、トネ? オーぎゅスととイうノハ実は宿主ノ名前デしテね、ハハ。もっとモ、彼の脳ハキれいに掃除しテシまったノで、今こノ身体を実効支配してイルのは私でスガ。BSEとイウノが私の本名デす。あア、バーがースたーエくせレンとじャあリませンヨ。ぷリオんトかスクれいぴーとカクれイじーとモ言わレてマシタがね……」
 BSE、BSE……最近騒がれてた気がするんだが……英字3文字略語は苦手だ。
 そのとき、劇画じみたテンガロンハットが風に揺られて地面に落ちた。ぱっくり開いた頭蓋骨からのぞいたツルツルの脳みそに浮かんでいたのは人面疽だった──


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