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 結局街にも入れぬうちにとっぴらかして逃げてきたので、彼女の所在を確かめられなかった。どれ、今度はウーのピラミッドに足を伸ばしてみるか。
 ダリからさらに10キロほど行った砂漠の奥にそれはあった。イヌ族の守護神ウーが祀られているというピラミッドは、エジプトのピラミッドによく似た四角錐だった。ポツンと1つだけ孤立しており、かなり大きい。エジプトで最大のギザのピラミッドをさらに一回り上回るサイズだ。きっと古代エジプト文明にはかなりエデンの文明の名残が色濃く反映されていたんだろう。
 ピラミッド付近では、どういうわけかレベルの非常に高いモンスターが出現した。ネコスキルがMAXに達していなかったらかなり手を焼いたところだ。ピラミッドには結界が張られていないんだろうか? ウー神の威光はモンスターには通用しないのか、それとも何か他の理由でもあるのか……。
 ピラミッドの四方には何列にも渡ってモニュメントが並んでいた。イヌ族のものだろう。彼らも含め、こんな時間に墓参に訪れる者はもちろんいない。辺りはひっそりと静まり返り、冷たい墓石の群れが月明かりを浴びて長い影を作っている。朋也はイゾルデの塔の出来事を思い出した。今度はイヌ族のオバケが出てきたりしたらどうしよう? ヒト族よりはマシ……てこともないか、オバケはオバケだし。
 ピラミッド本体に近寄ってみると、斜めになった壁面の中央に階段があり、玄室につながると思われる入口に通じていた。警戒を怠らず、1歩ずつ石段を上がっていく。と、かすかに小石が斜面を転がるような音がした。
「誰だっ!?」
 朋也は緊張のあまり叫んでしまった。もちろん返事はない。自分の声が砂漠の闇に吸い込まれていくのみだ。もしかして……。今度は囁くように呼びかける。
「ミオ?」
 30秒ほどじっと耳をすませていたところ、今度は後ろのほうでカタッと音が鳴った。しばらくじっと待つが反応はない。これって、イゾルデと同じパターンにはまってるじゃんか……。
 ヂャラッ。再び後ろから。今度はさっきと違い、重い鎖が鳴ったような感じだ。それもすぐ近くで。朋也は恐る恐る後ろを振り返った。
「ワンッ3!!!」
 !? いきなり吠えられて心臓が止まりそうになる。すぐ目の前に、セントバーナードも顔負けの巨大なイヌがいた。しかも顔が3つ(それぞれシェパードとコリーと土佐犬に似ていた)──いわゆるケルベロスというやつだ。い、いつの間に!?
 そいつはびっくりして腰を抜かした朋也めがけて飛びかかってきた。あわてて横に身をかわし、すかさず爪を装着して応戦体勢をとる。鋭い牙をギリギリのところでかわすと、中央の土佐犬の鼻に1撃お見舞いしてやった。ケルベロスは「キャンッ!」と一声鳴いて後退する。
 にらみ合いを続ける間に、朋也は一通り素早く敵を観察した。モンスターかと思ったが、人面疽はどこにもない。ひょっとして、三獣使の1頭か!?
 いや……おそらくウーの従者で番をしているだけなんだろう。その証拠に、階段を先に進もうとすると今にも飛びかからんばかりに吠えまくるが、じっとしていれば低い威嚇の唸り声をあげる以上のことはしてこなかった。
 血の滴る鼻吻をときどきなめ回す土佐犬を、左右の2頭が気の毒そうな目で見ている。鼻を引っ掻いたりして悪いことしちゃったかな?
 ともかく、正当なピラミッドの所有者が出てきたとあっては、これ以上探り回るのは無理だった。試しに、ケルベロスの肩越しに彼女の名を呼んでみる。
「お~い、ミオーッ!! いるのか、いないのかぁ!?」
「シシシシシッ3(^д^;;」
 ミオの返事がない代わりに、3頭のイヌが牙をひけらかしながら奇声を立てた。笑ってんのか、こいつ? ケン○ンみたいな声出しやがって。
 呼ばれた当人のほうは反応がない。まあ、いくらミオのやつが肝っ玉が据わってるっても、こんなおっかない番犬が陣取っているとこに1人で乗り込んでったりしないよなあ? 財宝を狙ってるわけでもなかろうに……。
 朋也はあきらめて引き下がることにした。階段を下りる途中、振り返るたびに、ケルベロスの3つの顔が口を横に広げて牙を閃かし、いわゆる"笑い顔"になる。
 彼が地面に降りると、ピラミッドの番犬は3本の尻尾を振りながら玄室に引き上げていった。
 試しにしばらく間を置いてから階段を駆け上がってみる。すると、ケルベロスがたちまち飛び出してきて猛然と吠え立てた。
「ガルルルッ3!!」
「冗談だって、ハハ。バイバイ、ケロちゃん♪」
 今度は朋也がピラミッド本体からだいぶ離れるまで見張ってることに決めたようだ。いくら神様のイヌだって、お仕事中にからかったりしちゃ駄目だよな。ごめんね。
 
 朋也がシエナのホテルに帰ってくると、例のネコ族の男は相変わらずさっきと同じ噴水の前に立っていた。
「ああ、君。いいところにきた。実はさっき彼女が戻ってきてね。大陸の北西端にあるインレという村に雪を見に行くといって今し方出ていったよ。実に移り気というか気まぐれというか、チャーミングな女の子だよねぇ♪」
 雪ィ!? あいつも人(ネコ)並に寒がりのはずなのに、よりによって夜中にそんな遠くまで雪を見に行くだってぇ!? もはや物好きの範囲を越えてる気がするけど──


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