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ミオ: +

 いやいや、ここで勝負を投げ出すわけにはいかない。それに、この時間に床に就いたら、ちょっと仮眠で済まないのは目に見えている。ユフラファに向かう三叉路の手前で、朋也は未練を断ち切るようにスロットルを全開にした。
 街の灯りに背を向け、闇に包まれた水平線を左手に、朋也は一路北を目指した。荒涼とした原野を進むにつれ、少し寒気を覚える。P.E.のおかげで制服に備わった気温調節機能でも追い着かない。明け方が近いのもあるが、山から吹き降ろす風が冷気を運んでいるのだろう。前方に見える山々は雪を被っているせいで、夜の地平を青白く縁取っている。内陸のオルドロイと違い、海からの西風が斜面を昇るうちにこの地方に多量の雪をもたらしているに違いない。
 地図上のインレ村は大陸の北西端近く、そそり立った雪山に囲まれた盆地にあった。村から出る道は南に下って平原に出る山道1本のみで、近くに他の村もなく、ほとんど孤立しているように見える。シエナの喫茶店で美人のウェイトレスさんに聞いたところでは、ウサギ族が中心の村らしいが、クルルは名前を聞いたのも初耳だったようだ。奇妙な話ではある。
 ようやくインレに通じる山道の入口に到着する。東の空はうっすらと朱を帯び始め、夜明けが近いことを告げている。すでに麓から白い斑があちこちを覆っていたが、斜面に入ってからは道の上もすっかり雪で覆われていた。チェーンを付けないと滑るかな? それにしても、いくら雪に慣れたウサギ族とかだって、こんな有様じゃ村に出入りするだけでも一苦労だろうに。徒歩では1日かけても平地の町や村までたどり着けないんじゃないだろうか? 気のせいか、この道はプラクティスもかなり弱っているように見えた。
 凸凹の雪道を徐行運転で進んでいくと、目前にぽっかりと大きな洞穴が出現した。両脇は針葉樹の密生した急斜面で、積もった雪も膝丈以上の高さがある。インレに行くにはこの雪のトンネルを通り抜ける以外にないようだ。
 またぞろ疑問が沸き上がる。本当に、こんな雪だらけで寒いばっかりの場所にミオが来てるんだろうか? まあ考えててもしょうがない。ここまでやってきて確かめもせずに引き返したらただのアホだぞ……。
 彼がエメラルド号で中に乗り入れようとしたとき──前方から吐息が聞こえてきた。
 ミオ──のわけはない。彼女の肺活量じゃこんなダース○イダーみたいな音は出ない。何だろう? クマくらい出没してもおかしくはない所だが……。
 音は次第に近づいてきた。とともに、足元の地面が揺れ始める。歩くだけで地響きが起こるくらいだから、クマだとしても相当なデカブツに違いない……。
 やがて暗がりの中からぬっと姿を現したのは、クマ──ではなかった。ゴリラのようでもあるが、やはり違う。合いの子みたいなやつだな。いずれにしても、立ち上がると5メートル近い巨体だ。身体の模様は目の周りだけパンダみたいに黒くて残りは淡いピンクがかった白だった。まるでゴーグルをかけているように見える。モンスターだろうか? 人面疽は見られないが、全身をマンモスのように長い毛が覆っているので、隠れている可能性もある。
 朋也が緊張して身構えていると、その正体不明のデカブツは雄叫びを上げて襲いかかってきた。というか、雪玉を彼目がけてぶつけてきた。
「ブハッ! ペッペッ(XoX;;」
 顔面で受け止めてしまった。予想外の攻撃でよけられなかった。
「こんにゃろ~、そういうことならこっちも負けないぞ!」
 お返しだとばかり、雪球ショットを立て続けに浴びせる。九生衝の応用編だ。びっくりしたクマゴリパンダは、今度は洞穴の入口の雪をすくうと、雪だるまサイズに固めて投げつけてきた。そ、それはいくらなんでも殺生でわ!?
「エレキャット!!」
 よけきれそうになかったため、特殊攻撃で破壊する。危ね~、あんなのまともに食らったらひとたまりもなかったぞ……。
 朋也の放った特殊技に仰天した謎の巨大生物は一声甲高い悲鳴を上げ、とっぴらかして洞窟の奥に引き返していった。やっぱりモンスターじゃなかったのかな? そういえば、マーヤが以前、北の山岳地帯に未確認種族がいるらしいって言ってたっけ……。
 とりあえず退散してくれたので、ホッと胸をなで下ろす。だが、安心するのはまだ早かった──


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