「覚えてるも何も、ジュディはジュディだろ?」
当たり前のこと訊くなとばかりに答える。ところが、千里は頬を膨らませて言った。
「もう……忘れちゃったの? 今のジュディがうちに来る前にもう1人のジュディがいたでしょ?」
「あ……」
そうだった──朋也は思い出した。ジュディという名前のイヌが2人いたことを……。
「もう1人のジュディ……。今のジュディとは見た目も性格も全然違ったけど……」
「そうだな……何しろ、ジュディ2世はとんだおっちょこちょいだもんな」
「ウフフ。あの子の前でそんなこと言っちゃ駄目よ?」
そう言いながら、ペンダントの蓋を開く。千里が誘拐されていた間ジュディが持っていたやつだ。そういえば、彼女が中を開けて見たかどうか気にしてたっけ。
「そっか、そのペンダント、〝彼女〟の写真が入ってたのか……」
「ジュディは、自分と同じ名前の子が私と暮らしていたこと、知らないのよね。無事に再会できたら打ち明けるつもりだけど……」
千里はあの頃を懐かしむように語りだした。
「……〝彼女〟がうちにやってきたのは、私が生まれる半年前。言ってみれば、私のお姉さんだった……」
「本当に仲のいい姉妹みたいだったよ」
相槌を打つ。
「いつも側にジュディがいた……私をずっと見守ってくれた……熱を出して寝込んでた時も、お母さんよりジュディについててもらった方が安心だったくらい。10時間以上彼女と離れてたことなかったな。学校に上がって体の方は私が追い越しちゃったけど、彼女はいつまでも……そう、いつまでも私のお姉さんだった……。お散歩の時も、連れていってもらってたのは私の方だから。私の足元にいつも気を配ってくれのよ、彼女」
彼女の表情から微笑みが消える。
「……彼女が天国に行ってしまったのは、私が中1の時。雪の降る寒い日の夜だった。元気になったら一緒に雪の上を駆け回ろうねって言ったのに……私の腕の中で眠るように息を引き取った。フカフカだった毛皮が強張って、彼女の温もりが腕の間をすり抜けるように逃げていくのを、止めることのできない自分が情けなかった。彼女の静かな吐息も、鼓動も、あの一瞬を境に聞こえなくなってしまった。これは夢よ! まやかしよ!って何度も自分に言い聞かせたけど……血が出るくらい腕をつねってもみたけど……現実は変えられなかった……」
「あのときの千里の落ち込みようったら……後を追いやしないかって半分本気で心配したよ」
「半分、本気だったよ……。もう二度と一緒に並んで歩けない。黒い大きな瞳で私を見つめてくれることもない。鼓動も温もりも二度と感じることができないと思うと、胸が潰れそうだった……。ジュディのいない世界なんてもうどうでもよかった。どうしてイヌとヒトとでこんなに寿命が違うんだろうって恨めしかった。結局、後を追うことまではできなかったけど……二度とイヌとは一緒に暮らさないつもりだった。それなのに……」
そこで再び笑顔が戻る。
「〝彼女〟と目が合った途端、離れられなくなっちゃったのよねぇ……」
「そりゃあもう、運命ってやつだな」
「そうね……ほんと、そう思う。名前も、気がついたらジュディになってた。出会いがあれば、必ず別れの時が来る……どんなに辛くても、それは避けて通れない。出会わなければよかったと思う。でも、彼女たちに……2人のジュディに出会ってなかったら、今の私はなかった……矛盾してるけど。私……私、あの2人に巡り会えて、本当によかった!!」
千里は徐にハサミを取り出した。な、何を!? 朋也の見ている前で、御髪にハサミを入れ、バッサリと切り落とす。何年も伸ばし続けてきたポニーテールだ。女の子にとっては清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟がいるはずだろうに。
そして彼女は声を引き絞り、天に向かって叫んだ。
「神獣ッ!! 私の命が目当てなら、いくつでもくれてやるわ!! あの子のためなら、そんなもの惜しくない!! たとえ私の命に代えても、ジュディは絶対に護ってみせる!!!」
しんと静まり返った夜の池の辺に、彼女の決意表明が響き渡った。千里はちょっとやそっとのことでは挫けない強い女の子だ。知っていた。でも、今夜の彼女ほど大きな存在に見えたことはなかった。何しろ、世界を統べる神を相手に、微塵の迷いも怖れもなく全力で立ち向かおうというのだから……。
「駄目だよ、千里。そんなこと言っちゃ……」
抗議の目を向ける千里に、朋也はゆっくり首を横に振って続けた。
「千里が死んだら、今度はジュディが悲しむだろ? それに……それに、俺だって、千里を失うなんて絶対嫌だ! 千里がジュディを護る役なら、千里を護る役は俺が引き受けてやるよ」
最強魔法の使い手を、ろくに魔法も使えない自分が護ってやるなんて言うのはおこがましいかもしれないけど、それでも彼女を支えるために出来ることは何でもやるつもりだった。彼女1人に重い荷を背負わせたりするもんか!
「朋也……」
強張っていた表情が途端に柔らかくなる。感謝の気持ちを伝える言葉がうまく見つからずに困った顔をしているみたいだ。
今までになくお互いのことを意識しながら見つめ合っていたとき、不意に池の真上に強烈な光が降り注いだ。な、何だ!? UFOか!?