「も、もちろんさ! それに、あんなのどうせこけ脅しに決まってるだろ……」
本心を言えば、まったく恐怖なんか感じないと言ってしまうと嘘になる。だが、自分が怯えているのがわかれば、千里にだって余計な不安を与えかねない。そう思った朋也は、無理に虚勢を張ってみせた。
「そうそう。呪いなんて気の持ちようでどうとでもなるわ。男の子なんだからしっかりしてよね。」
千里はあっけらかんと言ってのけた。どうやら杞憂だったみたいだ。やっぱり女の子は強いなあ……。
残念ながら、イゾルデの塔にはてっぺんまで一気に昇れるようなエレベーターはなく、地道に階段で昇っていく以外上に行く方法はなかった。
2人はフロアの両サイドにある階段の1つを使って2階に上がった。フロアの広さは1階上がるごとに少しずつ狭くなっていく。壁や床のタイルなど、内装も上下の階との間にわずかな違いがあった。
階段の位置もそれぞれのフロアでずれており、上階に上がるにはある程度の距離を横断する必要があった。そして、階に応じて遭遇率は異なるが、大体1~数回は幽霊が襲いかかってくる。
大体、部屋の中央辺りでぼんやりと浮遊しているゴーストの群れは、2人の闖入者の姿を認めるや否や、まるで血を求める蚊のように忍び寄ってくる。そもそも、朋也はモノスフィアで幽霊に出くわした経験などなかったのだが、予備知識があってもやっぱり怖いものは怖い……。
「ルビーLVⅢ!!」
千里がいきなり強力な魔法をぶっ放し、フロアの亡霊たちを一掃する。
「エッヘン♪ チョロイもんね」
Vサインを出してはしゃぐ彼女をたしなめる。
「おいおい、そんな大技ばっかり使ってたら、てっぺんに着くまでにMPも鉱石も切れちまうだろ。もうちょっとセーブしたほうがいいんじゃないか?」
「は~い」
ペロッと舌を出す。
それ以後は主に単体魔法のレベルⅠを用い、朋也が絆の銃で援護する形の倹約戦術に切り替える。幸い、最初に1階で出くわした、フードをまとった男性の亡霊以外はHPも低く、事実上雑魚モンレベルだった。また、モンスターと同様に幽霊たちもなぜか消える際に鉱石を落としていったので、鉱石切れの心配も無用だった。本人も絶好調のようだし。
戦闘を交えながら40階もの階段を昇っていくのはかなり骨の折れることだった。最初のうちこそ、幽霊を相手にしているだけに全身の神経が張り詰めていたものの、慣れるに従い疲れとともに眠気が襲ってくる。ずっと螺旋状の単調な階段を昇り続けていたせいもあるが。
それにしても、いずれのフロアも廃墟と化し長い間使われた形跡が見当たらないのはどうしたことだろう? イヴ以外の生きたニンゲンはどこにいるんだろうか? まさか彼女1人しか住んでいないわけじゃあるまいに。
「……ねえ、朋也。気づいた?」
ふと千里がつぶやく。
「え?」
「ここの幽霊って、男ばっかりじゃない。変だと思わない?」
「そういえば……」
確かに彼女の指摘したとおり、襲い来る亡霊たちはみな男性のようだった。1人くらい色っぽい女性の幽霊が出てくれたっていいよな? 幽霊といえば不思議なことに、彼らは口々に「アダム」と叫んでいるように聞こえた。そのうえ、千里ではなく朋也ばかりを集中的に狙ってくる。別に恨まれるようなことした覚えはないのに。その辺りの謎もイヴに会うまでは解けないのだろうけど。
実際のところ、幽霊はモンスターとほとんど変わりなかった。まさに人面疽そのものだし。いろいろタイプはあったが、千里のルビー系魔法があればほとんど事足りた。モンスターとはすなわち、モノスフィアに関わる幽霊の一種ということなのかもしれない。ドクターBSEならプリオン病原体の霊という具合に……。
ようやく2人は40階、塔の最上階にたどり着いた。さすがにくたびれた。ふくらはぎもパンパンだ。
「ゼェ……ゼェ……千里、おまえよく息が切れないな……」
壁に寄りかかりながら朋也が尋ねると、千里はエッヘンとばかり胸を張った。
「ジュディと毎朝ジョギングしてたから足腰は鍛えられてんのよ♪」
「と、とりあえず休ませて」
「はいはい」
屋上に通じるドアを開ける前に、2人は最後の踊り場でちょっと一息つくことにした。
結局、ここに来るまで生身のニンゲンには1人も出くわさなかった。塔の隅々まで詳しく調べてみたわけではないが、どこもかしこもオバケだらけのこの狭い塔で、人が暮らすことが可能だとはどう見ても思えない。とすると……イヴ本人ももしかして幽霊だったりするのかな? まあ、それは彼女に会ってみればわかることだ。
朋也と千里は心の準備を整えると、最後の扉を開いて塔の屋上に出た。