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ジュディ: +

 朋也はベッドから立ち上がると、気だるげに頭を掻きながら言った。
「やれやれ、こんな時間だってのにしょうがない奴だな……。いいぜ。じっとしてられないんだよな、ジュディは」
「うん……。ありがと、朋也……」
 ジュディはホッとした様子で微笑んだ。
 2人は寝室を出ると、他の客やミオたちを起こさないようにそっとフロントを抜けてホテルの外に出た。
「さて、どこでやろうか? あまり家のそばじゃ近所迷惑になるし……」
「通りの向こうにちょっと広い公園があったよ。そこへ行ってみない?」
「OK」
 2人は居住区から少し離れた公園にやってきた。真ん中には大きな池があり、立ち木が生えている。散歩をしている住民もちらほらと見えた。シエナには夜行性の種族も結構多いようだ。ここならよっぽど派手に騒がない限り、近隣の家から安眠妨害で訴えられる心配はないだろう。
「お前さ、この間、牙狼・二連尖ってやつ使ったじゃん? あれ、どういうふうにやんの?」
「ああ、あの技? ううん、やるのは簡単なんだけど……口で説明すんのは難しいなあ」
 ジュディには悪いけど、朋也は自分のほうが彼女に稽古をつけてもらうことにした。残念ながら、スキルの点では正真正銘のイヌ族でありゲドにスキル経験値の譲渡も受けた彼女と朋也との差は歴然としている。彼女の技術をさらに引き上げる力は朋也自身にはない。それでも、彼のスキルを磨いてパーティー全体のレベルを底上げしてもらう意義はあるし、人に教えることで彼女自身も自らの熟練度をより明確に把握することができるだろう。彼女に教えられるくらいの人材が他にいれば、無論それに越したことはないのだが……。
 朋也に請われて教える立場になるのもジュディとしてはまんざらではないようだ。
「じゃあ、ちょっと実際やってみようか。しっかり受身とってよ?」
 朋也はコツを見定めようと、神経を集中させた。もちろん、ちゃんと受けなきゃエライ目に遭うし。
 受けた剣を持つ手に二重の衝撃が加わる。意外に剣圧はたいしたことない──と思ったら、日中街中の武具店で購入したばかりだった彼の剣はポッキリいってしまった……。
「ありゃりゃ? 1割程度にセーブしたつもりだったんだけどな……」
「ヒュゥ……1割でこれなのか!? お前、ひょっとしてエデン一の剣士なんじゃないか?」
 牙狼は大抵のモンスターを一撃で葬り去る必殺剣で、打撃の威力自体はさほど大きくはない。技のポイントは相手の急所を見抜くことにある。その際、イヌ族独特のスキルである心眼の獲得が欠かせない。朋也もある程度放てるようにはなったが、まだ精度が低く本物とは言いがたかった。
 牙狼・二連尖はその牙狼を寸分の隙もなく2撃重ねる技だ。一族でもほとんど会得した者がいないような高度なテクニックをコントロールさえできる彼女の天賦の才に、今さらながら驚きを覚える。
「エヘヘ♪ まあ、きっと上には上がいるよ……」
 朋也におだてられ、ジュディははにかみながら頭を掻いた。
 そのとき、近くで拍手が上がった。びっくりして振り向くと、ベンチに座ってこちらを見ていた1人のイヌ族の男が立ち上がった。
「ブラボー♪ すごいね、お嬢ちゃん。モンスター・ハンターでもやってるのかい?」
「え、と……ま、まあ、そんなとこかな?」
 ジュディが戸惑いながら答える。どうやら移民ではなさそうだが、用心のため応対は彼女に任せることにする。
「それだけの腕があるんなら、ダリへ行ってみたらどうだい? あそこには伝説の剣士もいるし」
「伝説の剣士?」
「おや、知らないかい? モンスターを500匹倒したっていう凄腕の剣士さ。君の腕だったら、きっと二つ返事で弟子に迎えてくれると思うよ?」
 なるほど、彼女の言うとおり、上には上がいるもんだ。エデンも広いな……。2人は顔を見合わせた。
「どうする、ジュディ? ちょっと出かけてみないか? イヌ族の剣士ならきっと協力してくれるかも」
 朋也たちは言ってみれば、成り行きでモンスターと戦う羽目になったわけで、まともな剣の振り方も知らない。ジュディのスキルも独学で開発したに近かった。その剣士に一族のきちんとした剣術を教わるだけでも、きっと短期間で見違えるほどの効果が上がることだろう。
「うん、そうだね。教えてくれてありがとう、おじさん♪」
 散歩中だったらしいそのイヌ族に礼を述べると、2人はいったんホテルに引き返した。折れた剣の代わりに折りたたみ剣を持ち出し、ホテル前に駐車していたエメラルド号に乗り込む。
 日中ジュディに朋也がバイクの運転を指導する約束をしていたが、今は時間も時間なので彼が操縦を担当する。2人を乗せてエメラルド号は静かに滑り出した。
 城門まではそろそろと徐行運転で進む。大通りは公園と同様に人通りが絶えなかった。通行人はみな自走車に乗ったヒト族とイヌ族の2人連れが来ると、ジロジロとヘンな目で見ながら道を開ける。まあ、慣れてもらうまでは仕方ないか。ただ、城門の守衛には行方不明事件解決の報せが渡っていたとみえ、すんなり通してくれた。
 門の外に出ると、一路南東の砂漠地帯を目指す。夜間フィールドに出没するモンスターは日中よりもレベルが高く、夜行性の住民も含め市街地の外を移動しようとする者はまずいない。早く街に入ろうと、スロットルを全開にして時速100キロまでスピードを上げる。博士の説明どおり、砂地でもエメラルド号の走行性能は抜群だった。40キロほど走ると、群生する椰子の木とともに灯りが目に入ってきた。
 砂漠に取り囲まれたオアシスにあるダリはイヌ族が大半を占める都市だ。冷帯地方出身のオオカミが先祖なのに砂漠に住んでるというのも妙な気がするが、ともかく現在エデンでイヌ族の人口が一番多い街だと聞いている。おそらく、一族の守護神ウーの棲むピラミッドが近くにあるためなんだろう。街の周囲にはぐるりと塀が張り巡らせてある。朋也は門から少し離れたところでエメラルド号を停めた。
「ダリって検問のチェックが厳しいんだろ? 俺、大丈夫かな?」
 念のためウィッグ製の耳を取り付けながらジュディに訊く。
「大丈夫さ。今の朋也の匂いだったら、きっと街の女の子が言い寄ってくるくらいだよ♪」
「そ、そうかな?」
「とかいって、デレッとしてちゃ駄目だからね!」
 肘で小突かれる。
 入口の守衛に挨拶をして門をくぐり抜ける。シエナやビスタほどではないがそこそこ大きい街だ。門から少し入った広場の真ん中には噴水のある泉もあり、渇きや熱さで困ることはないようだ。家屋自体は砂漠向きの住宅の規格に合わせた造りが多かったが、家並はどちらかというと規則性がなく、乱雑に並んでいる。そして、ダリもシエナ同様、夜でも昼に負けず活気の失せない街だった。多くの店は開いていたし、忙しなく歩き回っている者も、特に何をするでもなく公園でたたずんでいる者もいる。大半がイヌ族だが、ときどきネコ族やキツネ族なども見かけた。中には前駆形態のままの者もいた。移民としてエデンにやってきたが、差し当たり変身せずに済んでいるのだろう。
「ここがダリか……。さすがイヌ族の町だな。やっぱり同じ仲間に囲まれてる方が落ち着くかい、ジュディ?」
 街中を見回しながら、ジュディに質問してみる。
「うん。でも、ご主人サマや朋也と一緒にいる時が一番だな……。朋也はどうなの? 周りがニンゲンばかりの方が好き?」


*選択肢    はい    いいえ

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