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ジュディ: -

「まあ、それはそうだな。何だかんだ言っても、同類と一緒にいる時が一番落ち着くのかもな……」
 千里が誘拐されている今、事実上周りに朋也以外のヒト族は1人もいない。それを考えると、居心地の悪さを覚えなくもない。エデンの住民はみな2足歩行で共通の言語を話せるのだから、それほど孤独感を感じないのは確かだ。それでも、ヒゲやら尻尾やらのオプションの付いていないヒトの世界が恋しくないといえば嘘になった。言葉の通じない外国に放り出されるよりはむしろマシかもしれないけど……。
「……まあ、イヌもニンゲンも群れでいるのが好きなところは似てるよね」
 ジュディはそう言って肩をすくめた。
 それから2人は一通りダリの街並を見て回った。どこかにデカデカと道場の看板でも出してないかと思ったのだが、大っぴらに宣伝はしていないようだ。仕方ないので、道行く人に剣士の所在を尋ねることにする。
「あの~、この街にモンスターを500匹倒した伝説の剣士がいるって聞いたんだけど」
「ああ、カムロのことかい? 彼ならこの道の先にある塚に掘った穴蔵に住み着いてるよ。あの剣士は質実倹約がモットーで、ちゃんとした家にも住まずにあんな穴蔵で質素な生活をしているのさ」
「カムロのやつは相当な変わり者でな。妖精の配給する人造肉は気の巡りを悪くするとか言って菜っ葉しか食わんのさ」
「好物はユフラファのレタスなんだと」
 ふえ~、イヌ族なのにベジタリアンなのか? もっとも、エデンの成熟形態の住民は定義上全員ベジタリアンには違いないけど。さすがは〝伝説〟……。でも、イヌもネコもビタミンCは自家合成できるから生野菜をそんなに摂る必要はないんじゃないかな? まあモノスフィアでも、レタスばっかり食ってたオオカミがいたとかいう話もあったけど。
「ボク、クルルのビスケットなら好きだけど、剣士に向いてるかなあ?」
「あんまり関係ないと思うぞ……」
 それから剣士カムロの住むという穴蔵に向かうまでの間、他にも何人かの住人から伝説の剣士その人の噂を聞いた。やはりそれなりの有名人らしい。強力なモンスターの多い砂漠でダリの住民が安全に暮らしていけるのも、彼の貢献に拠るところが大きいようだ。
 別の者からは、カムロも歴代の一族の猛者たち同様ウーのピラミッドの謎解きに挑んだものの、結局ウー神と会うことはできなかったことを教わった。背景を尋ねると、何でも彼らイヌ一族の守護神ウーは、ピラミッドの従者たちの出す謎かけを解いた者にしか拝謁を許さないとか。そういえば、シエナの街でも170年前の事件以来ピラミッドに閉じこもってしまったって話を聞いたっけ。ウー神に直に会うことを許された者は、この170年間にたった1人しかいないらしい。伝説の異名を冠する剣士でも叶わなかったとすれば、よっぽどスーパードッグだったんだろうなあ……。
 途中、武具屋を見かけたのでのぞいてみる。扱っているのはイヌ族の装備品のみだったが、シエナよりいい品が揃っていたので、財布と相談しつつ2人の分を購入することにする。朋也はさっき折れてしまった剣のスペアと盾──というより利き腕の反対側の二の腕に装着するパッドだが──を選んだ。
「カワイイお嬢ちゃんだね。こいつもサービスしちゃおう♪」
代金の鉱石をマケてくれたうえに具足もおまけに付けてもらう……。
「ありがとう、おじさん♪」
 ジュディはべた褒めされてすっかり上機嫌だ。これだけ大出血サービスしてくれるところを見ると、あながちお世辞ばかりとも言えない気がする。彼女を見る店主の目も何だかデレデレしてるし。
 ゲドにアプローチを受けたときはあいつが特別なんだろうと思ったけど、案外ジュディのやつ、イヌ族の審美基準からすれば飛び切りの美人に当たるのかもしれないな……。そういえば、街中でもときどき若い男が振り返ってたようだし。彼らの間では、多少粗野で男勝りなところがあっても、勇敢で素直な彼女の第一印象は、女性の魅力としてもポイントが高いんだろう。
 イヌ族の街にいるだけに、朋也は複雑な心境になった。今はご主人サマ一筋でも、そのうちこいつだって男に目覚めないとも限らないし……。カイトみたいなキザなやつに獲られるのは嫌だなぁ。
 ようやく通りの突き当たり、塚のある場所に着く。家くらいある盛り土にぽっかりと丸い穴が開いている。これが玄関なのかな?
「剣士カムロの居……やっぱりここみたいだね」
 粗末な立て板に書かれているエデン語をジュディが読む。
「とりあえずボクが交渉してみるから、朋也は後ろにいてね?」


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