「俺とジュディの関係は……ううむ……」
朋也は首をひねって考えたが、彼に対して説明する言葉が見当たらない。それどころか、自分でも疑問になってくる……。
「なあ、ジュディ? 俺とお前の関係って一体何なんだろ??」
「え? さあ……。ご主人サマのオマケじゃない?」
後ろ手を組みながら気のない返事をする……。
「オマケはないだろ」
2人のやり取りを見ていた老人は、身体を揺すりながら笑った。
「ホッホッ、わからんときたか。じゃが、端から見れば、お前さんたちの関係はよくわかるわい」
2人の顔を交互に見比べながら、悪戯っぽく目を細める。
「知っておるじゃろうが、このエデンでは好き合った者同士が種族の壁を乗り越えて結ばれることも不可能ではない。実はな……アニムスの封印が解かれる以前は、イヌ族とヒト族は最も仲睦まじい種族同士じゃったのじゃ。両種族の間で縁が取り持たれることも珍しくはなかった。しかも、他の種族同士と比べ籍に入っても長続きした。かくいうわしもニンゲンの血が入っておるでな。わしの曾祖母さんはヒト族だったんじゃよ……」
なるほど、彼の耳や顔つきはモノスフィアで改良されたんじゃなくて、ヒト族の血筋のせいだったのか。
「まあ、ニンゲンとイヌが仲のいい種族だったってのは驚く話じゃないよな」
「その絆も、170年前の事件を機に壊れてしもうた。その責任はすべてお前さんたちニンゲンにある」
そうか……。今のダリの住民たちの過剰な反応は、他でもない、ニンゲンへの信頼と愛情がそれだけ深かったことの裏返しだったんだ。
「もし、失われた絆を取り戻したければ──」
「俺、何でもやるよっ! エデンのイヌ族たちの信頼を取り戻すために! もう一度イヌとヒトとが昔どおりの関係に戻れるように!!」
「ボクも朋也と一緒に頑張るよ! ベスや、辛い思いを抱えてるエデンのみんなのために……ご主人サマのためにも!」
真剣な眼差しで訴える両種族の若者を前に、老いたイヌ族は2度ほど満足げにうなずいた。
「うむ。口に出すまでもなかったか。そう、お前さんたち2人が力を合わせ、一族の認める艱難に立ち向かい、それを突破することができたなら、2つの種族の変わらぬ信頼関係を示す1つの証明になるというわけじゃな」
老人は節くれだった指を上げて南の方角を指した。
「南の砂漠にあるウーのピラミッドに行きなされ。そして、そこで謎を解いてみせるのじゃ。きっとお前さんたちが必要としている力もそこで得られるじゃろうて」
「えっ? どうしよう……ボク、頭使うのあんまり得意じゃないのに」
ジュディはそう言って顔をしかめた。
「う~ん、どうする? 何ならミオを呼んできて助太刀してもらうか? あいつならこの手の仕事は得意な気がするぞ? 文句言うかもしれないけど……」
「え? い、いいよ。あいつに頭下げるくらいだったら自分でやる」
まあそう言うだろうと思ったけど……。
「まあ、2人でやればきっと何とかなるだろ」
「ホッホッ、期待しておるよ。若いお2人さんや」
「あの……あなたは一体?」
今さらで恐縮しながら老人に名を尋ねる。
「わしか? わしはただのイヌ族の老いぼれじゃよ。イヌとヒトの心の痛みを共ながら知る、な……。首尾よくウー神に会えたなら、ルドルフ爺がよろしゅう言っていたと伝えておくれ」
2人に手を振ると、ゆっくりした足取りで歩み去っていく。ジュディが彼の背中に声をかけた。
「ありがとう、ルドルフのおじいさん!」
遠ざかる老人の背中を見送りながら、朋也はつぶやいた。
「そうか……。あの老人は〝伝説の剣士〟も解けなかった謎を解いて、守護神ウーに対面したことがあるんだな」
「すごいや! じゃあ、ルドルフのおじいさんがこの170年でピラミッドの謎を解くことのできたただ1人の挑戦者だったんだ!」
ジュディが目を丸くして彼を見る。
「ああ……。ピラミッドの謎を解くのに必要なのはきっと剣の腕前や魔力なんかじゃない。彼がウー神に会えたのはたぶん、彼がヒトとイヌの深い絆を知っていたから……いや、本当はみんな知っているはずだけど、自分を欺いてそれを認めようとしないでいることを解っていたからだと思う……」
展望が開けてきた気がして、嬉しくなった朋也はジュディの背中をポンと叩いた。
「だとすれば、俺とジュディがコンビを組めば、きっとチャンスはあるぞ!」
「うん。でも、本当に大丈夫かな? ご主人サマと一緒ならボク、何の不安もないんだけど、朋也じゃなあ……」
彼女のほうは朋也を疑わしそうに見ながら口を尖らせる。
「おいおい!」
「ともかく、やってみるしかないか……。頼むよ、朋也!?」
「任せとけって♪ よし、じゃあ早速ピラミッドに向けて出発だ!」
もう自分たちを見る住民の目も気にならなかった。2人はエメラルド号の所まで戻ると、更に南を目指して出発した。
ダリの街の灯が後方に遠ざかり、月と星の明かり以外に照らすものもない砂漠の闇の中をひたすら進む。前方に横たわる地平線に1ヵ所だけ天に向かって直角に近い角度で刻まれた切れ込みが見える。あれがウーのピラミッドか……。朋也はハンドルを真っすぐそちらに向けた。
現場に到着した2人はエメラルド号を下り、そびえ立つピラミッドを振り仰いだ。4辺のそれぞれが200メートル近くあるだろうか、間近で見るとそのサイズに改めて圧倒される。空の一角を覆い尽くす巨大な石碑のために、辺りが一層暗くなった気がする。
「いかにも何か出てきそうだな……」
「ここは神様が祀られてるだけじゃなくて、ボクたちの一族のお墓もあるからね」
そんなこと言うと尚更怖くなるじゃないか……。
「それに、ウーの神様には手強い従僕もついてるらしいよ? ボクたちと腕試しをすることになるかも」
ピラミッドの一辺の真ん中から頂上に向かって石段が続いている。2人は緊張しながらそこを昇っていった。それほど急角度ではないが、後ろを振り返るのはかなり勇気がいりそうだ。下りが怖いかも。半分まで昇ったところでやっと水平に伸びる踊り場に着き、一息入れる。
そこから階段の左右には、ピラミッドの中の玄室につながっていると見られる入口がぽっかり開いていた。とりあえず中に入るのは後回しにして、階段を更に上に昇ろうとしたとき、突然光の壁が瞬くように現れ2人の行く手を塞いだ。重々しい声が響く。
≪二つの謎を解き明かすまで、この先に進むこと罷りならん……≫
「だそうだ……。たぶん挑戦者はこの左右の玄室で謎解きをさせられることになるんだろうな。どうする?」
朋也が肩をすくめながら促すと、ジュディはどうやら苦手意識がまたぶり返してきたらしく、頭を掻きながら彼に頼み込んだ。
「う~ん、ボク、こういうのってやっぱり苦手だしなあ……。朋也、頼むよ」