「え、俺!? う~んと……」
本で読んだ家畜化の歴史を思い返そうとする。イヌだったかな? ウマだったような気もするな……。いや、大穴で案外ネコということも考えられるぞ? 眠気も手伝って頭がますます混乱してしまう。朋也はサジを投げた。
「ごめん、わかんない」
「いいっていいって。最初っからアテにしてないから」
ジュディにそう言われると情けなくなってくる……。
「2番でよいのだな? では、その方たちの絆の強さをもって、その答えの正しさを証明してみせよ!」
やっぱり同じパターンか……。2人とも剣を抜くとケルベロスとにらみ合う。
彼の3つの強力な顎に並んだ鋭い牙は、剣に劣らぬ凶器だった。また、甲冑も盾もない分、防御力はコボルトよりだいぶ低いはずだが、3方を油断なく見張る3対の目と耳の前では攻め込む隙もない。まさに攻撃は最大の防御という見本だ……。これでは実質3人を相手にしているに等しい。おまけにケルベロスは、3連魔法のトリアーデまで放ってきた。
2人はコボルトにもらったバーナードの盾をかざした朋也を前に、ジュディが後方に立つ陣形で攻撃の機会をうかがったが、不利な態勢は否めなかった。コボルト戦で使った連携技、三連尖を繰り出す余裕は今回はない。背後が手薄なので挟み撃ちにできればいいが、狭い玄室の中では後ろに回りこむこともできない。
ジュディが朋也の背後に立つと、小声でごにょごにょとささやく。なるほど、一か八かだが……乗ってみるか。
「どうした? 拙者を相手に小細工は効かぬぞ?」
朋也は危険を覚悟で前面に出るとラッシュを浴びせた。その間に朋也の後ろから助走をつけると、ジュディは宙に舞った。玄室の天井は高さがあったので、攻撃を交わして横から回り込むのが無理なら上を飛び越そうというわけだ。
「むむっ!?」
さすがのケルベロスも、前後の攻撃に対処する術はなかった。ジュディは素早く背中から一太刀浴びせた。加えて、3頭とも注意が逸れたのを見計らった朋也も咽喉元に一撃を加える。
「キャンッ3(T_T) ま、参った」
悲鳴を上げて尻尾を丸める。2人は剣を収めた。やったぞ、難敵だったがどうにか勝つことができた! ジュディのやつ、頭を使うのは苦手だと言いながら、戦術センスに関してはミオにも劣らないかもしれないな。
ふと見ると、ケルベロスの胸元の朋也のつけた傷口から血がにじんでいる。
「大丈夫? ごめんね、ケロちゃん」
「なに、拙者は神の遣いであるから案ずるには及ばぬ、ケホケホ……。それと、拙者はケロちゃんではござらぬと申したであろう。ケルベロスであるぞ」
見栄っ張りなやつだなあ。ジュディが見かねて毛づくろいをかけてやる。
「これにて右の関門を突破したものとみなす。それにしてもその方たち、あっぱれなチームワークであった。実に惚れ惚れする戦いぶりであったぞ♪ 先日訪れた剣士とやらは口先ばかりでたいしたことはなかったからな……。さて、正解の暁に、その方たちに褒美を取らそう」
彼は台座の下から一振りの剣を取り出した。柄の部分にはイヌを象った紋章が彫りこまれている。玄室の薄暗い明かりのもとで鈍い輝きを放つ刃は、どんな強靭な相手も一刀両断に討ち払うパワーを秘めているように思われた。
「一族きっての刀鍛冶の手を経た最強の剣ドーベルソードだ。その剣を自在に操れるようになれば、いかな手強いモンスターといえども敵ではない」
「ありがとう、ケルベロスの神様!」
ジュディはお辞儀をしながら両手で剣を受け取った。
それからケルベロスは神妙な顔つきで朋也を見やった。
「……残念ながら、イヌ族とヒト族との間に交わされた契約は、170年前の事件をもって破棄されてしまった……」
「うん、わかってるよ……。でも、俺も千里も個人では、ジュディを始め君たちの一族とはいつまでもパートナーであり続けたいと思ってる」
頭を垂れる朋也に、目を細めて優しい眼差しを向ける。
「その方に馳走になった煮干とやら、なかなかに美味であった。その方のこと決して忘れぬぞ……。さあ、これでその方たちは左右の玄室の謎は解いたことになる。我が主にしてイヌ族の守護神であるカニアス=ウーに謁見する権利を得たことになるわけだな。その方たちが我が主のお眼鏡にかなうかどうか、後はお主たち次第だ。健闘を祈っておるぞ」
「うん、頑張ってくるよ!」
朋也たちはケルベロスに手を振り、右の玄室を後にした。