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マーヤ: +

「そんな改まってどうしたんだい? いいから話してごらんよ」
 朋也は寝入り端でぼんやりしていた頭をすっきりさせようと軽く叩くと、マーヤに向き直って穏やかに促した。時計はまだ10時を回ったばかりだし、話を聞くくらいの時間はある。彼女の様子がちょっと深刻そうだったのが気になったし……。
 マーヤは朋也から目を逸らすと、うつむき加減に言った。
「ごめんねぇ、朋也ぁ。あたし、やっぱりみんなと一緒にレゴラスまで行けないやぁ……」
「ええっ!? どういうことだい?」
 思わず立ち上がってしまう。朋也の正視に堪えられないというように背を向け、話を続ける。
「ミオには言ったけどぉ、今まで話してなかったことも含めて全部本当のこと話すよぉ。あたし、これ以上朋也に嘘を吐き続けるの耐えられないからぁ……。あなたはもうあたしのこと許してくれないだろうけどぉ……」
 ミオには言った? あいつのことだから、吊るし上げでもしたのかな……。
「千里がこんなことになったのは、全部あたしのせい……。キマイラ様がゲートを開設したのは動物たちを助けるためじゃない。初めからあなたたちを誘き寄せるための罠だったのぉ……」
「何だって!? じゃあ、エデンに避難してきた動物たちは一体──」
「もちろん、動物たちを救うのにも役に立ったのは事実よぉ。でも、それは本来の目的ではなかったのぉ。本当の理由は……ミオやジュディみたいな子を媒体にして、あなたや千里のように動物との親和性の高いニンゲンをエデンに連れてくること。ルビーのアニムスを復活させるために……」
 そうか……。彼女の解説で初めて、これまでの出来事がすべてはっきりとつながった。
「キマイラ様は叡智の神獣……最高の頭脳を3つ併せ持つ宇宙一の賢者……過ちを冒すことなどあり得ない。絶対に……。最初は、あたしもニンゲンを犠牲にすることにためらいはなかったわぁ。神鳥様を冒涜し、エデンを危機に陥れた悪しき種族であるあなたたちを……。でも、朋也……あなたたち2人と知り合ってから……たとえ正しいことだとしても、心がとても痛かったのぉ……」
「マーヤ……」
 マーヤが今までずっと自分たちに嘘を吐いてきたことも、これで明確になった。それでも、いまそのことを全部打ち明けてくれた彼女を責める気にはなれなかった。
「それでも、あたしは神獣様に仕える妖精として務めを果たすしかなかった……。もうあたしの役目は終わったけれどぉ……」
「キマイラは千里をどうするつもりなんだろう?」
「それはあたしにもよくわからない……。あたしの任務はあなたたちのそばにいて報告することだけだったから。ニンゲンにフェニックスの霊光を浴びせることが必要だったみたいだけどぉ。ただ、あのネコ族の彼も言うとおり、無事で済むとは思えない……。朋也、本当にごめんなさい。そして、今までありがとう。さよならぁ……」
 そう言うとフラフラと部屋を出ていこうとする。
「おい、マーヤ! どこへ行く気なんだ!?」
 彼女を引きとめようと一歩踏み出す。
「あたし、これからフューリーに行ってくるよぉ」
「フューリー? って、マーヤたち妖精の棲む国だっけ?」
 マーヤは背を向けたままうなずいた。
「あたしの任務はもうおしまい。キマイラ様のもとに戻るつもりもない。務めを放棄した妖精は……妖精の国フューリーで千年の寿命を剥奪され、エデンの元素に還される」
「バカな!! なんでわざわざ自分からそんな所へ戻るんだよ!?」
 周りに声が響くのもかまわず叫んでしまう。
「それがあたしたち妖精の定めなのよぉ……。どのみち、生きてたってもうあたしの居場所なんてないしぃ……」
「そんなことあるもんかっ!! マーヤの居場所ならちゃんとここにあるだろ!?」
「え……?」
 振り返って朋也の顔を見る。
「俺たちと一緒にいればいいじゃないか。俺は……マーヤに、いて欲しい……ずっと……」
 握りしめた拳を見つめる。バカげたことかもしれないけど……でも、やっぱり伝えなくちゃ……彼女を失いたくないから……。朋也はもう一度顔を上げて彼女の目を真っすぐ見つめると、思い切って打ち明けた。
「俺……俺……君のこと、好きだもん」
 予想もしなかった彼の告白に、マーヤはしばらく目を瞬かせてから少し戸惑ったような笑みを浮かべた。
「バカねぇ……あたしは千里やミオとは違うんだよぉ?」
「そんなことは百も承知だよ」
「朋……也ぁ……」
 彼の本気の顔を見てマーヤはますます困惑を深めたようだ。もう言っちまったもんはしょうがない。後は勢いだとばかり朋也はまくしたてた。
「よしっ! こうなったら、俺も一緒にそのフューリーってとこへ行って掛け合ってやる!! マーヤを自由にしろってね!」
「で、でもぉ~……」
「なぁに、船が出るまで時間はあるんだし、最悪でも9日後までに戻ってくりゃ大丈夫さ♪ さあ、行こう! 妖精の国へ!」
 マーヤの背中を押すようにして部屋を出る。さっき床に就いたばかりだけど眠気はもうすっかり吹き飛んでしまった。どのみち彼女も今夜出かけるつもりでいたんだし。
 2人は他の客やミオたちを起こさないよう、そっとフロントを抜けて玄関へ出た。ホテルの前に停めてあるエメラルド号のところに向かいながら、朋也は彼女に尋ねた。
「で、そのフューリーってのはどこにあるんだ?」
「フューリーはエデンの上空に浮かぶ空中都市なのぉー。ここからちょうど南に下ったところにフューリーに通じるゲートがあるわぁー」
 へえ、空中都市か。ガリバー王国のラピュータみたいだな。
「……ね、ねぇ~、本当に行く気なのぉ!?」
 まだオドオドしている彼女にきっぱり断言する。
「男に二言ナシさ♪ 物理的に行けないことはないんだろ?」
「ま、まあ……普段は結界が張られていて妖精以外は通れないけど、あたしがついてれば何とかぁ……」
「よし、じゃあまずゲートに行くか。さあ、乗った乗った♪」
 彼女は促されるままにサイドカーの座席の上にちょこんと座った。朋也も操縦席に乗り込みながら、何気なしに尋ねる。
「ところで、フューリーってマーヤの故郷になるんだよな? マーヤには親とか兄弟はいるの?」
「う~ん……あたしたちには親族とか血縁とか、そういう概念はないのよぉ。第一、単性だしぃ……。まあ、妖精は300万全員が姉妹だって言えば言えなくもないけどねぇ~」
「単性って、つまり……男がいないってこと? ああ、そういえば、ビスタでもそんなこと言ってたっけ」
「そうよぉー。まあ、雌雄同体とか、環境が悪化したときだけ雄性が発生して普段は雌性だけとかいうパターンは、生きものの中じゃそれほど珍しくはないけどぉ、妖精族は完全に女性だけなのぉー」
 そこまで解説してから、小首を傾げてクスリと笑う。
「……あたし、なんで朋也のこと、好きになったのかしらぁ~?? 考えてみれば不思議だよねぇ~♪ フフ……」
 間接的とはいえ、彼女が自分のことを好きと言ってくれたのが朋也は嬉しかった。
「よくわかんないけど、誰かを好きになるってのは、それだけ生きものらしいってことなんじゃないの?」
「そうねぇ……。自分の中では別に違和感は感じないんだけどぉ。まあ、あたしは妖精仲間でも結構ズレてたからなぁ~……」


*選択肢    そんなことない    マーヤらしいや

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