「そんなことないよ! マーヤは、その……とっても、妖精らしいし……」
語気を強めて言いかけたものの、朋也は自分でも何だか違和感を感じて言葉尻を濁した。
マーヤは少し口を尖らせて言った。
「う~ん……励ましてくれてるつもりなのかもしれないけどぉ、あたしは他の妖精たちに合わせたいって気持ちは全然ないのよねぇー。これもあたしらしさのうちだって思ってるからさぁ」
「そ、そうか……。まあ、そう言われりゃ、そのとおりかもしれないな……」
ズレてることを気にするようなタイプじゃないのは判っていたはずだよな。ちょっと失敗した、と思う朋也だった。
「ねえ……マーヤの小さい頃って、どんなだったの?」
「う~ん……小さい頃のことは、なぜかほとんど覚えていないんだよねぇ~。他のみんなもそうだと思うよぉ? 物心ついた時には、大勢の仲間に囲まれて、エデンの成り立ちや世界に住むたくさんの種族のこと、妖精の務めについて勉強したり、自分がどの職種に向いているかの適性検査を受ける毎日だったわぁ」
「なんか……まるでエデンに尽くすためだけに生まれてきたみたいだな……」
唖然として感想を述べる朋也に、マーヤはただあっさりと肯定した。
「そうよぉー。まさに朋也の言うとおり、あたしたち妖精はエデンに奉仕するためだけに生まれてきたのぉ」
「……俺がどうこう言える筋合いじゃないのかもしれないけど、それってあんまり自分てもんがなさすぎないか? なんだか、エデンの住民の自由や幸せの影で、マーヤたち妖精が犠牲になっているように思えてくるよ……」
「エデンに暮らすみんなのために働くこと自体は、別に悪いことだとは思わないし、嫌じゃないんだよぉ? あたしの本職はやり甲斐だけはたっぷりあるもんねぇ~♪ 要は、自分の気持ちに正直かどうかってことよねぇ。今回の特務に就いて、それがよくわかったわぁ。妖精の中には、妖精としての務めに疲れてフューリーを脱け出す者もいるのよぉ。どこか人里離れたところに彼女たちが集まって作った隠れ里があるって話も聞いたことあるわぁ」(注)
話が本題から脱線しかけたので軌道修正する。
「えっとぉ、話を戻すわねぇ~。あたし、研修時代の成績はいつもビリに近くて落第生扱いだったけどぉ、看護系の科目だけは自信あったわよぉ~。他の種族への興味は人一倍強かったから、それだけ熱心に勉強したつもりなんだよねぇ♪ 森の樹の精なのに動物たちに惹かれるフィルの気持ちもよくわかるわぁ。だから、きっと彼女とウマが合うのねぇー♪ それで、モノスフィアから逃れてきた動物たちのセラピストかヘルパーになるのが希望だったからぁ、ビスタの難民救護センターに就職したのぉ」
「それなのに、仕事を取り上げられて、俺たちを監視するスパイみたいな任務に回されちゃったのか……」
「ええ。絶対間違いを冒さない叡智の神獣のはずのキマイラ様が、どうして動物の相手以外能のないあたしみたいな落ちこぼれを、世界の根幹に関わる特殊任務に属けたのかしらねぇー? Sクラスのエリート妖精だって400人以上いるのによぉ?」
そう言ってマーヤは首を傾げた。確かにその点だけは未だに謎のままだ。能力はともかく、性格的に彼女には向いていないことは明らかなのに。
「ま、キマイラにだってやっぱりマチガイはあるってことだろ?」
「朋也にそこまではっきり言われちゃうと、なんかカチンとくるものがあるわねぇ~……」
「アハハ、冗談だって」
「ウフフ……でも、おかげであなたに会えたんだから、その点だけは感謝しなきゃねぇー♪」
「ホントだな」
朋也もしみじみと同意する。マーヤはさらに身の上話を続けた。
「あたしには家族と呼べるものはなかったけど、それに一番近いのが神鳥様だったのよぉ。あたしたちみんなのお母さんみたいな方だったわぁ」
「だから、オルドロイであんなに悲しんだのか……」
「あたしがまだ半人前だった頃、フューリーへよく遊びにきてくれたわぁ。あたしたちを見る目は時々ちょっと悲しそうだったけどぉ……。あたしはもともとオルドロイ神殿に勤務する予定だったのよねぇ。結局170年前に神殿が崩壊して、その話もおじゃんになっちゃったから、あたしはいつまでもビスタのセンターに居座ってるわけぇ。同期はみんなBクラス以上に進級して、レゴラスに行ったりフューリーに戻ってる子ばっかりなんだけどぉ。神獣様直属の従者に配属されるとしたら、断然神鳥様のほうがよかったよぉ~。今でも同じように思ってる妖精は多いと思うわぁ。それなのに、あんなことになってぇ……」
オルドロイでの出来事を思い出したんだろう。悲しそうにうなだれる。
マーヤの話を聞いていて、朋也は何か引っかかるものがあった。どうも時制がおかしいような気がする。
「ちょっと待ってくれ。それって、いつの話だ?」
「170年前よぉ? 何度も説明したじゃないのぉー」
それはわかってるんだけど。時制があっているとすれば、後おかしいのは──
「あのさ……マーヤって何歳なの?」
「えっとぉ~……」
不意に黙り込み、視線を泳がせた末、ボソッと答える。
「197歳」
……3桁だ。モノスフィアでいえばナポレオンの時代の生まれだ。金さん銀さんも足元にも及ばない。朋也の年齢を10倍しても届かない。
たっぷり30秒沈黙してから、次の質問を発する。
「マーヤたちって何歳まで生きんの?」
「あたしたち妖精の寿命はきっかり千年に決まってるのよぉー」
そこまで言ってから、マーヤはにわかに不安を覚えたらしく、目を潤ませて朋也を見上げた。
「朋也は歳が離れてるのはいやぁ?」
(注):妖精の隠れ里。すでに寄っていた場合は既知。
*選択肢 ショック 愛さえあれば歳の差なんて