朋也も一緒に立ち止まり、じっと耳を澄ませた。さっきのは聞き違いじゃなかったのか。2人の耳に届いてきたのは、何かの生きものの呼吸音のようだった。次第に近づいてくる。呼吸だとしたら、相当肺活量の高いやつに違いない。もしかして──
穴からぬっと鼻が突き出される。全身を外に現したそれは、立ち上がると身の丈5メートル近い予想どおりのデカブツだった。顔つきはクマのようでもゴリラのようでもある。全身を長い毛に覆われ、近いものといえばオオナマケモノというあたりか。体色は全体に白っぽかったが、なぜか目の周りだけパンダみたいに黒くなっており、まるでゴーグルをかけているように見える。成熟化した文明種族にも、前駆形態の動物にも、朋也の思いつく範囲でこんなやつはいない。だとすれば、モンスターだろうか? 人面疽は見当たらないが、全身を覆う毛に隠れて見えない可能性もある。
そいつは朋也たちの姿を認めると毛を逆立てて雄叫びを上げた。しまったな、グズグズしてないで一気に通り抜けたほうがよかったか? いや、トンネルが塞がっていたりしたら袋のネズミだったし……結局この場で戦う以外なかっただろう。村の通行を10年以上も妨げていた元凶がこいつだとすれば、クルルの夢を叶えるためにも排除するしかない。
「クルル、俺たちの手で倒せるかどうか、やれるだけやってみよう。危なくなったら引き返す。いいな!?」
「う、うん」
しばらくにらみ合いが続いた後、謎のクマゴリパンダは威嚇のうなり声をあげると、サファイアを放ってきた。魔法の威力はこれまでこの洞窟で相手にしてきた他のモンスター以上だ。これで少なくとも前駆形態の野生動物である可能性は排除された。属性はやはりクルルと相性が悪そうだ。やばいな、こいつ体力もかなりありそうなのに……。
クルルの反射系スキルでサファイアを弾き返されたクマゴリは、驚きの叫び声を上げた。うなり声は一層低くなり、さらに身体を大きく見せようとするかのように毛を膨らませる。こういうところは、機械的・定型的な反応をするモンスターとは明らかに異なり、ひどく生きものじみて見える。だが、BSEのように生きた動物に憑依するタイプとも考えられなくはない。
魔法の攻撃が通用しないと見て取ったクマゴリパンダは、今度は鋭い爪の生えた腕を振り上げて襲いかかってきた。クルルがすかさず回避率アップのスキルを2人にかける。朋也は相手の足を狙って転倒させようと試みた。完全な2足歩行向きの骨格ではなさそうだし、重心が高い巨体を支える足が狙い目だと読んだのだ。だが、弁慶の泣き所に当たる位置に攻撃を集中しても、分厚い毛皮も手伝って効いた様子がない。
「フリーズ!!」
クルルが麻痺の特殊スキルを行使するが、こっちも耐性があるらしい。とすれば、後はあんまし使いたくない必殺技しかないか……。だが、アレは自分より上背が3倍ある相手にしかけるのはかなり無理がある。2人のうちどちらかが囮にならなければ技はかけられない。
朋也はクルルに合流して素早く耳打ちした。
「クルル、俺があいつの注意を惹きつけてる間にソバットかけられそう?」
どっちも危険の伴う役目だったが、やっぱり囮は彼女に任せられない。威力の点では朋也のほうが上だが、跳躍力は彼女のほうがあるし。
「うん、わかった。やってみるよ! だけど、ソバットじゃなくてウサピョンソバットだからねっ!」
「ああ、うん……。そっちでいい」
どっちでもいいじゃん──と言いたいところだが、彼女の場合、それを口に出すとまた話がややこしくなりそうだからやめておく。
クルルに再度回避スキルをかけたもらい、クマゴリパンダのリーチぎりぎりのところに飛び込む。ともかくやつに身を屈めさせなきゃならない。足技のラッシュをかけて攻撃を呼び込もうと挑発する。
クマゴリが大きく振りかぶったところを狙い、クルルは最強スキルを発動する体勢に入った。
「ウサピョンソバットォッ!! きゃっ!?」
ところが、クマゴリパンダは素早く反応した。クルルのソバットを完全にガードした上に、大きな手で彼女の足をつかむ。こ、こいつ、俺たちの奥義を見切ってんのか!?
クマゴリはそのまま彼女の身体を洞窟の壁に向かって投げ投げた。
「きゃあああっ!!」