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クルル: +++

 ここでとどめを刺しておかないと、また通行を妨害していつまでもインレの村と往来できないかもしれない。だけど……証拠を聞かれても確認しようがなかったが、今までの戦いぶりからして、こいつがモンスターの一種だとは朋也には思えなかった。第一、モンスターだとすれば、さっきのクルルの攻撃でとっくに消滅していていいはずだ。正体は未だに謎だが、たぶんこいつは痛みも感情もある生きものに違いない。だとしたら、殺すのは忍びなかった。クルルならわかってくれる。くれないはずがない……。
「なあ、クルル。こいつ、他のモンスターとは違うんじゃないかと思うんだけど……。ひょっとしたら、もともとこの雪山に棲んでいたんじゃないのかな? そう言えば、前にマーヤが、北の辺境に未確認種族がいるかもしれないって言ってたし……。道を塞いで村人を苦しめたのは確かだけど、お灸もたっぷり据えてやったし、もう放しても大丈夫なんじゃないかな?」
 クルルは朋也の顔を見てにっこり微笑んだ。
「うん……そうだね。朋也ならきっとそう言ってくれると思ってたよ」
 そのとき、クマゴリの出てきた洞穴から、別の呼吸音が聞こえてきた。もしかして、仲間がいたのか!?
 穴の入口から顔を出したのは、体長が一回り小さい個体だった。目の周りのクマは一緒だったが、体色は全体にピンクがかっている。色が性別によるのかどうかわからないが、どうもメスっぽい。そいつは、最初の大きなクマゴリパンダのもとにトコトコと駆け寄ると、しきりに顔を嘗め回した。奥さんか、姉妹か、それとも娘か、ともかく家族だということはその仕草を見ただけで十分理解できた。
 クルルが見かねて回復魔法のクリスタルをかけてやる。立ち上がった大クマゴリは、少し驚いたような顔をして彼女を見つめた。
「きっと、家族を護ろうとして気が立ってたんだね」
「そうだな。この子たち自身、モンスターや雪崩の所為で困ってたのかも……。もう行っていいよ! 村のウサギたちには2度と悪さはしないでくれよな!」
「2人とも、元気でね!」
 2頭は連れ添うようにゆっくりと穴の中に引き揚げていった。朋也たちが出口に向かって歩きかけたとき、何を思ったのかチビクマゴリのほうが再び顔を出した。巣穴の入口に何かを置いて押し出すと、また潜っていく。何だろう?
 近くに寄ってみると、それは靴だった。だいぶ年季が入っている。踵のところをよく見ると、名前と思しき文字が掘ってあった。
「え~っ!? スライリって書いてあるよ、これ!!」
 クルルが素っ頓狂な声をあげる。
「何それ? 人の名前?」
「村のテピョンドー大会で10年連続優勝した有名な武闘家なんだ! もう何年も前に山に修行に行くって出てったきり行方不明になってたんだけど……」
 じゃあ、そのチャンピオンの履いてた靴なのか……。ちなみに、テピョンドーとは足技を中心にしたウサギ族の伝統的な格闘技のことである。なんであの子たちがこれを持ってたのかわからないけど、一応預かっておくか。
「朋也、履いてみたら? あの子たちがせっかくくれたんだもん」
「いいのかなあ? どれ」
 水虫伝染ったりしないだろうな? 試しに靴を取り替えて足を入れてみると、驚くほど履き心地がいい。フットワークまで軽快になった気がする。さすがにウサギ族選りすぐりの武闘家の持ち物だけあって、徹底したプラクティスが施されていたようだ。とりあえずユフラファに戻るまでの間だけでも使わせてもらうか。
 2人は山の中に広がる氷の湖の空洞を抜け、トンネルの先に向かった。途中でクルルが腕を絡めてくる。
「朋也って、とっても優しいんだね……」
「い、いや、それほどでも……」
「クフフ♪ 照れちゃってカワイイ♥」
 そ、そんなにしがみつくと腕が胸に……。
 朋也は照れくささを誤魔化すように言った。
「さ、さあ、障害もなくなったし、インレまでもうひと踏ん張りだな!」
 実際に後どのくらいの距離が残っているのかはわかりようもなかったが、勘は当たっていた。100メートルも進まないうちに前方が白っぽく輝いているのが目に入る。外はもう日が傾きかけているはずだが、洞窟内の薄暗さに慣れた目にはまぶしすぎるほどだ。
 朋也たちが洞穴の外に出てみると、目の前に白銀の世界が広がっていた。四方を2千メートル級の山並みに覆われた狭い盆地だ。
 そして、すぐ目と鼻の先に家々の黒い影が点々と並んでいるのがわかった。ゆらゆらと立ち上っているのは竈の煙に違いない。インレ村だ! しかも、ちゃんと人が住んでるぞ!!
「朋也! やったよ!! ついにクルルたち、ここまで来たんだね!」
「ああ、クルル! 本当にお前のお手柄だな!」
 2人は抱き合って喜んだ──のはまだ早すぎた……。


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