「うげっ!? ウヨウヨしてやがる!」
神木の広場に出ると、目を覆わんばかりの光景が広がっていた。辺りを走り回るアリたちの数は100匹や200匹どころじゃなかった。しかも、至るところアリの掘った穴だらけだった。フィルがSOSを受信してから丸1日と経っていないのに、もうこんなに巣穴を広げたのか!?
神木自体は辛うじて威容を留めていたものの、周囲の樹木はみな葉を落とされ無惨な有様だった。擬似フェロモンを使った囮作戦も、相手がこの数では効を奏さなかったのだろう。
大勢のモンスターアリたちは、朋也たちの姿を認めるや、大挙して押し寄せてきた。
「樹海嘯!!」
フィルが強力な全体攻撃のスキルを放って地面の上に出ていたアリたちを一掃する。
「大丈夫か、フィル?」
今の彼女はエデン中の樹族のサポートを得ているとはいえ、森も神木もこの状態では、魔力も体力も限られてしまうだろう。朋也が心配して声をかける。
「ええ。ですが、早いところ女王を見つけて退治してしまわないと……」
「女王?」
「これほどの勢いでモンスターアリが急増したのは、おそらく女王アリ自体がモンスター化したことが原因ではないかと」
なるほど、フィルの推理力はさすがだな。
「女王アリは巣の中心にいるはずです。行きましょう」
行くって……やっぱりこの穴の中に潜ってくのか!? そうこうしている間にもヒョコヒョコとアリたちが巣穴から顔を出す。ためらっている場合じゃなさそうだ。
フィルはローブの裾をたくし上げ、腰に巻きつけた。すらっとした素足が露になる。うわっ、こりゃとても後ろを歩けない……。
朋也はやむなく先頭に立ってアリの穴の中に入っていった。
地下に入ると真っ暗だった。当たり前か……。でも、これじゃ困るな──と思ってるとフィルがスキルを唱えた。
「ペペ!」
術を受けた2人の身体が緑色の光を放ちだす。発光キノコの能力をもとにしたこの特殊スキルは、戦闘中には使われる理由がないこともあり滅多に拝めない稀少な技だった。暗闇の中で淡いグリーンの光に包まれたフィルの息を飲むほど美しい姿に思わずうっとりと見惚れてしまう。
「これが済んだらゆっくり観賞させてあげますから、今は先に進んでくださいね?」
「りょ、了解……」
モンスターアリは以前退治したときより更に大型化していた。おかげで、地下のトンネルも人がなんとか通行できる広さがあった。朋也は右手で棍棒代わりの傘を構え、襲ってくるアリに用心しながら穴の中を奥へ奥へと進んでいった。左手は後ろを見張るフィルと離れないよう彼女の手を握る。穴の幅がギリギリ通れるくらいなので、広場で集団に囲まれるよりはむしろ敵に対しやすかった。相変わらず猪突猛進するばかりで進歩のないアリの脳天に一、二撃食らわせるだけでノックアウトできたからだ。モンスターは死体になると本来のサイズに戻るので、通行の邪魔にならないのも幸いした。それでも数匹のアリに一時に襲撃されたときだけは、フィルの特殊攻撃に頼らざるを得なかった。
クネクネと曲がる巣の中をどんどん深く潜っていく。一体どのくらいの深さがあるんだろうな? 体長1センチ程度のアリの巣が大きいもので深さ1メートルあるとすれば、体長が1メートルの場合は深度100メートルに達する計算になる。神木の根自体はそこまで深くないはずなので、すっかり巣に取り囲まれていることになる。
地下だと方向感覚がまったくつかめないため、ときどきフィルが目を閉じて意識を集中し、神木との相対位置を測った。分かれ道にぶつかったらそうやって行き先を決めていく。穴は八方を向いており、水平に近ければ普通に歩けるものの角度が急になると先に進むのは少々骨が折れた。下に降りる際には、朋也は決して後ろを振り仰がないよう自らを律する必要があった……。これらの巣穴はいずれも1つにつながっているはずだ。そして、おそらくは神木の根の真下くらいに、女王の産室があるに違いない。
40分余りが経過し、2人は少し広い踊り場にあたる空間に出た。フィルに言わせれば、この辺りが神木の根の下に当たるという。空洞のあちこちにある柱のような木の根がそうなのだろう。
不意に、巨大な頭と顎を持つ兵隊アリの集団が歩調を合わせたように2人に襲いかかってきた。
「バンブー・サークル!!」
フィルが足止めの特殊技を使い、朋也が1匹ずつ仕留めていく。一通り片付いたと思ったら、空洞につながるいくつもの穴から無数のアリたちがなだれ込んできた。
「ヤバイ!! フィル! とりあえずあの穴の中に入るぞ!!」
彼女の手を引っ張りながら、間一髪のところで中央の穴に飛び込む。
「ローズ・ウォール!!」
フィルがすかさず茨の壁を張り、入口を塞いだ。これでしばらくは入って来れないだろう──と、穴の奥のほうを振り返って、朋也は仰天した。