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 そこは今いたのよりさらに広さがある空洞だった。その空洞の壁をびっしりと白い粒が覆い尽くしている。
 そして、中央に居座っていたのは、2人が捜し求めていた女王アリだった。全長10メートル、大型バスくらいはありそうだ。アリといってもさすがにここまでデカイと恐怖を覚える。もっともそのほとんどが、卵の詰まった腹部だったが……。してみると、壁の粒粒は全部こいつが生みつけた卵ということか。
 こうしてビビッていても仕方がない。朋也たちはソロソロと女王に近づいていった。
「う……」
 朋也は思わず呻き声を漏らしてしまった。注意を牽いたのは、蠕動しながら絶え間なく産卵を続ける腹部の先ではなく、頭部に付いた顎で女王アリが行っていた作業のほうだ。自ら産み落とした卵から孵った幼虫を、そいつは片っ端から噛み殺していた……。2人が息を潜めて見守る中、死体が見る見るうちに巨大化していく。すでにモンスター化の完了した働きアリが産婆係を務め、そいつらを次々と保育室に運んでいった。
「モンスターを……生産しているんですわ! あの女王自体は死体ではなく生きたアリそのもの──つまり、例のBSEと同じく生体に憑依するタイプのようですね……」
 モンスターは殖えるといってもそれ自体が繁殖する能力を持つわけではなかった。このアリモンスターはどうやら〝借り腹〟を使ってそれに近い手段を編み出したとみえる。BSEと同様、本体の女王アリとして残っているのは産卵能力のみで、身体の残りの部分はすっかりモンスターに支配されてしまっただろう。どうやら怖れていたことに、今までに見られなかったタイプの始末に負えないモンスターの新種が、次々とエデンに出現し始めたのは確かなようだ。
「こいつを倒さなくちゃ、神木ばかりかエデン中の森が大変なことになっちまうな。よし、フィル、行くぞ!」
「ええ!」
 二人が攻撃態勢に入ると、侵入者に気づいた女王はギチギチと警報の鳴き声を発した。養育係の働きアリがこぞって出てくる。
「樹海嘯!!」
 一気に決めるつもりでフィルが樹族の奥義を放った。その場にいた働きアリたちは倒したものの、女王アリは体力も防御力も相当高いとみえ、一撃では倒れなかった。しかも、厄介なことに回復の特殊スキルを使えるらしく、自分にかけてダメージを帳消しにしてしまった……。これでは長期戦を強いられることは必至だ。
「うむむ……だったら奥義、千本ノックだっ!!」
 朋也は傘を振り回して滅多やたらに頭部をたたきまくった。女王アリは負けじと回復しまくる……。
「あの~、樹族にはそんなスキルないんですけどぉ」
 ツッコミ入れないでよ……。樹族のスキルは各種の植物の特性を模した特殊攻撃に偏っており、装備である杖を使った技のレパートリーはたいしてなかった。特殊技の大半を満足に使えない朋也としては、自ら杖を使った打撃技を開発するしかなかったのだ……。
 朋也が益のない攻撃を繰り返しているうちに、後ろでは集まったアリたちが茨の防御壁を今にも食い破ろうとしていた。あいつらが侵入してくる前に何とか片付けないと。女王アリは魔法は使えるものの、移動力がないため物理攻撃に関しては明らかにこちらに分があった。問題は回復されるのをどうやって阻止するかだ。
「朋也さん、私がこれからある特殊攻撃を仕掛けます。一か八かの勝負ですが……。女王の回復を無効にすることができるのですが、使えるのは1回きりで、私の手持ちの魔力をすべて消費してしまいます。後はお任せしますね?」
 そう言うと、精神を集中し始める。樹海嘯以上の、まだ自分がお目にかかったことのない大技があったのか!?
「属性遷移!!」
 虹色の光が放たれ、女王アリを包み込む。属性遷移とは、相手の持つ魔法耐性をすっかり入れ替えてしまう技だった。つまり、回復の魔法をかけても回復どころかダメージを被ってしまうようにできるのだ。加えて、フィルは樹属性を弱点に設定した。朋也がすかさず攻撃態勢に入る。
「こんにゃろ~、俺の必殺の超奥義を見せてやる! 横○ノックだ~っ!!」
 フィルはツッコンでくれなかった。当たり前か……。女王アリは自らの属性の変化に対応する術を持たないまま、自分に回復魔法をかけ続け、ほとんど自滅してくれた。
 ふう、やった……。女王アリの身体が動かなくなり、やがて白い霧となって蒸発し始める。後には、巨大なガーネットの鉱石とともに、母親としての務めを無理やり利用された20センチ余りの哀れなアリの死骸が転がっていた。
 一息吐いて汗を拭う間もなく、ほとんど破れかけていた産室の入口に駆けつける。しばらくの間、フィルの声援だけを頼みに、朋也は地獄の横○、もとい千本ノックを(打つほうだけど)味わわされる羽目になった……。
 前回のときと同様、狂ったように群がるモンスターアリたちを片っ端から伸してしまうと、がっくりとその場にしゃがみ込む。今の間に魔力を回復したフィルがセラピーをかけてくれた。
 さて、残る仕事は……空洞中に産み付けられた卵をどうするかだが──


*選択肢    始末する    放置する

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