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フィル: -

「この卵も始末しといたほうがよさそうだな……」
 げんなりしながら空洞中を覆い尽くす無数の卵を見やる。卵から生まれてくるアリたちに罪はないが、社会性昆虫である彼らは、幼虫の世話をする働きアリの手助けがなければおそらく育つことができず、どのみち大半が死滅してしまうだろう。生き残るにしたって、兄弟の卵を共食いでもしなくては無理に違いないし、いずれモンスター化してしまうのが関の山だ。問題の根源を断つには仕方あるまい。
 しばらく目を閉じて精神を集中していたフィルが彼を制止した。森の主と交信していたのだろう。
「待ってください、朋也さん。神木がカビや線虫の誘引因子を用いて自ら処理するそうです。このまま置いておきましょう」
 なるほど……そのほうが確かに理に適ってるもんな。朋也はうなずくと、彼女を促して一緒に空洞を脱け出した。
 外に顔を出すと、アリを残らずやっつけている間に日はすっかり西に傾きかけていた。道理で腹ぺこなわけだ。穴ぼこだらけになった広場は、妖精たちにでも手伝ってもらわないと元通りにはならないだろう。
振り返って神木の梢を見上げる。見た目には変わりないはずだが、心なしか元気を取り戻したように見える。風に枝が揺られて、かすかにサラサラと葉擦れの音を奏でた。
「神木もひょっとして喜んでるのかな?」
「フフ……あなたにお礼がしたいそうですよ?」
 不意に強烈な緑の光が広場中にあふれる。思わず閉じた瞼をうっすらと開けてみると、驚いたことに光の中に緑の髪をした美しい裸身の女性が現れ、朋也に向かってにっこりと微笑んだ。ちょっとフィルに似ている気がする。唖然として見ているうちに、彼女の姿は消えた。と、全身が温かい力に包み込まれるのを感じる。
「彼女は私たち樹族の守護神ゴールドベリです。神木の分身と思ってください。今後はより直接的に私たちに力を貸してくれることになりました。召喚魔法は今後の戦闘において貴重な戦力となってくれるはずですわ。それから──」
 フィルはおもむろに杖を取り出して彼に差し出した。
「これを……」
 朋也は受け取ってその杖をながめてみた。ゴツゴツと節くれだったその杖は、よく見ると神木の樹皮そっくりだった。
「これって、もしかして神木の枝そのものなんじゃないのか!? 俺なんかが受け取っていいのかな?」
「ええ。朋也さんに役立てて欲しいと」
「そっか……。それじゃ、ありがたくいただくことにするよ。ありがとう、神木!」
 巨木に向かって杖を振ってみせる。知覚は化学的情報に限られてるというから、礼を言われてもわかんないだろうけど……。
 フィルは畏まって朋也に向き直った。
「朋也さん……。1度のみならず2度までも神木を危機から救っていただいて、本当にお礼の言葉もありません。残念ながら、私からは差し上げられるものが何もないのですが……あの、目を閉じていただけます?」
「えっと……こ、こう……?」
 朋也はギュッと目をつぶった。彼女が顔を近づけてきたのがわかる。吐息をすぐそばに感じる。な、何をするつもりなのかな? ドキドキドキドキ──
「ストーーップ!! ちょっと、あんたたち! そんニャに顔引っ付けちゃって、一体ニャンのつもり!?」
 ミオの声だった。びっくりして瞼を開くと、広場をこっちに向かって歩いてくる3人の姿が目に入った。あ~あ、いいとこだったのに……。
「なんだ、みんなも応援に来てくれたのか? 悪いけど、もう──」
「ニャンであたいがあんたたちを〝応援〟しニャきゃいけニャイのよ!? まったく、バカイヌと千里が捕まってるってのに、こんニャところでイチャイチャして呑気ニャもんね!?」
「そうよそうよぉ。ジュディと千里が捕まってるんだから、2人してこんなところでラブラブしてる場合じゃないでしょぉ~!?」
 腕組みして朋也たち2人をにらみつける。クルルもうんうんとうなずいている。
「おいおい。お前たち、フィルの書置きを読んでここへ来たんじゃないのか?」
 フィルがそこでハッとして両手を口に当てる。
「!! ごめんなさい、朋也さん。私、気が動転していて、『2人でクレメインに行きます』とだけ記して肝腎の理由を書くのを忘れてしまいました……」
「そ、そっか……。まあ、それじゃ誤解されても仕方ないか」
 フィルでもドジを踏むことがあるとわ……。
「ともかく、俺たち別に遊んでたわけじゃなくて、神木がアリに襲われて大変だったんだぜ?」
「あら、そうだったの? ふうん……」
 ミオは目をすがめて怪しむように朋也を見た。
「でも、ニャ~ンか2人の雰囲気、かニャりアヤシイ気がするニャ~……」


*選択肢    別に何でもない    実はつきあってる    実験してるだけ

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