戻る



リルケ: +++
リルケパートナー決定!

 キマイラたちが要求しているのは千里の身柄だ。だとすれば、おそらくリルケの狙いは、ここでこっちの戦力を分断して千里の拘束を容易にすることだろう。要するに、ジュディを返すつもりも、話し合いに応じるつもりもないに違いない。邪魔な取り巻きがいなければ、事はスムーズに運ぶ。とりわけ、朋也の存在が欠けるのは彼らの思う壺というわけだ。ミオの言うとおり、リルケのことだから本当に子供の命を奪ったりはすまい。
 だが……目の前で自分の子をさらわれたお魚ちゃんや、一部始終を目撃したポートグレーの住民たちはどう思うだろうか? 子供は問題ない、裏で仕組んだのは神獣キマイラだと説明しても、納得してはくれまい。ニンゲンはやっぱり罪のない子供を見殺しにする冷淡な種族だという目で見られるのがオチだろう。大好きなエデンの人たちにそんなふうに思われるのは耐えがたかった。何より、必死の眼差しで懇願する若い母親を、絶望のどん底に突き落としたくはなかった。
「みんな、すまない……ジュディのこと、頼む」
「朋也ッ!」
 鋭い調子で非難するミオを、千里がゆっくり首を振って押しとどめた。彼女も、ジュディの代わりに他人の子を犠牲にしたくはなかったのだろう。
「わかったわ。こっちのことは心配しないで……。1人で大丈夫?」
「心配ない。少なくとも、俺のほうはな……」
 朋也はいったんホテル前に引き返し、エメラルド号を引っ張り出してきた。桟橋のところでミオたちと別れる。アイテムは全部持っていけといったのに、ミオも千里も聞き入れず、3分の1を朋也に押し付けて寄越した。彼は回復の魔法やスキルが使えないので、助かるのは確かだったが……。
 道中ずっと渋い顔をしていたミオが、出発直前に抱きついてくる。短い抱擁を交わしてから、彼女は最後に耳元で一言ささやいた。
「バカ」
 深々と頭を下げるお魚ちゃん夫妻に手を振り、朋也は一路西の砂漠の深部をめざした。
 アントリオンというのは大陸西部一帯の人々に最も恐れられている件の巨大モンスターのことだ。アントリオン=アリ地獄という呼び名は、通りかかった者を砂地に掘った穴に引き摺りこむところから付けられたものだが、実際にそのモンスターの姿を見た者はいない。いや、姿を見て生きて街に帰った者はいないというべきか……。そんな具合なので、街の人たちも詳しい情報は誰も知らなかった。
 砂塵を通して見える大きく膨らんだ赤提灯のような夕日を正面に、40分ほど突き進んだところで速度を緩める。四方にはどこまでも続く砂丘が長い影を落としていた。確かこの辺りに巣があるって話だが……リルケのやつはどこにいるんだ?
 朋也はいったん停車してエメラルド号を降りた。西に向かって進んできたので日没まで猶予を与えられたが、とうとう太陽も地平線下に没してしまう。同時に、赤の占めていた空の領域が急速に狭まり、深い藍色に染まっていく。
 もう今頃はミオたちも海の上だな……。東の方角に目をやりながら仲間たちのことに思いを馳せる。あの4人のことだ、きっとうまくやってくれるに違いない。今はあの子を救出することを第一に考えよう。
 しばらくリルケの名を呼んでみたが応答がないため、エメラルド号で場所を移動する。シエナとポートグレーの街灯りも届かないため、辺りは漆黒の闇に近い。頼りはヘッドライトだけだ。
 と、子供の泣き声が耳に入ってきた。いたぞ! 速度を落とし機首を動かす。すると、ライトの灯りの中に、2人の姿が浮かび上がった。あそこだ!


次ページへ
ページのトップへ戻る