エメラルド号を停めると、朋也は飛び降りた。
直径20メートルほどのすり鉢状の斜面の上で、ネコ族の子がもがきながら必死に逃げようとしている。リルケが子供をかばってサーベルで何かと格闘していたが、彼女も明らかに苦戦している様子だ。
相手の姿は暗くてよく見えないが、すり鉢の中心から触手のようなものを何本も伸ばしている。巣は確かに巨大なアリ地獄の巣を思わせるが、本体のほうは全然それっぽくない。むしろ、BSEの親戚とでもいったほうが近そうだ。
リルケは朋也が来たことを確認すると、こちらに目をやりもせずに怒鳴った。
「遅いぞ、朋也! 早く子供を連れて行け!!」
文句を言いたくなるのをグッとこらえると、朋也はすり鉢の斜面に恐る恐る1歩踏み出した。動かなくてもそのまま砂とともにズルズル下に引き込まれていく。こりゃ、まるでエスカレーターだな……。登りが苦労しそうだが。重心を下げ、手をつくようにしてネコ族の子のいる位置にソロソロと移動していく。
「ほら、ボク! 手を伸ばして!」
子供の小さな手をつかむと、グイと引き寄せる。
「よし、偉かったぞ、坊や」
その子を抱きかかえたまま、慎重に後退を始める。エスカレーター逆進に挑戦してもいいんだが、リルケの足場を崩す恐れがあるし。滑りやすいのは表層だけだったので、〝折れない傘〟を深く突き立てて1歩ずつ足場を確保する。エライ値段だったけど、やっぱ買っといてもらって正解だった。
何とか登攀に成功し、エメラルド号のところへ駆け寄ると、取り返した人質の子をサイドカーの座席に座らせる。
すぐにすり鉢に引き返し、リルケはどうなったのかと身を乗り出す。サーベルで襲いかかる触手を次々に切り刻んで寄せ付けずにはいるものの、彼女の立ち位置はさっきよりさらに下がっていた。
「リルケッ!!」
彼女は後ろを振り返らずに怒鳴り返した。
「さっさとポートグレーに引き返せ!!」
「お前はどうするんだ!?」
「……」
リルケは返事をしなかった。