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リルケ: +++

 どうやら今のリルケには、滑る砂と無数の触手のせいで、魔法の詠唱どころか離陸する余裕すらないように見て取れた。サーベルで応戦するのが精一杯なんだろう。彼女の場合、羽を広げたところを狙われたら命取りだからな……。
 振り返ってネコ族の子の様子を確認すると、サイドカーにちょこんと座っておとなしくしている。あそこなら安全だろう。
 朋也は滑り落ちるのも気にせず、リルケのいる位置まで一気に駆け下りた。
「何のつもりだ!?」
 チラッとこっちを見て舌打ちする。
 CNチューブ傘でリルケに絡み付こうとする触手に殴りかかりながら、朋也は答えた。
「船が出ちまったから、もうやることがなくってね!」
 リルケのサーベルのように切れ味はよくないが、打ち払うだけなら十分だ。アントリオンが朋也を的にし始めたのを見計らい、彼女に向かって叫ぶ。
「今のうちに縁に上がってこいつに魔法をぶち込んでくれ!!」
 触手の攻撃から解放されたリルケは、朋也の指示どおり素早く舞い上がると呪文を唱えた。
「ダイヤモンド!!」
 次の瞬間、まばゆい閃光があふれて砂漠の闇を一時的に追いはらった。モルグル地峡で朋也たちに使ってきた、ジェネシスに次ぐ準最強魔法だ。しかも、彼女は魔力の高さでもカイトに引けを取らない。
 ところが、驚くべきことに、アントリオンは彼女の魔法攻撃を読んでか、詠唱に合わせて大量の砂を撒きあげ、ダメージの軽減を図った。身をかばっていなかったら、砂が目に入って大変なところだった。こいつやっぱりBSE並に知恵の働くやつだ。朋也が至近距離にいるのに配慮してリルケも魔力をセーブしたらしく、モンスターはほぼ無傷の状態だった。
 砂塵のせいで視界を奪われた朋也に、すかさず触手が襲いかかってきた。両足首に巻きつかれ、身動きが取れなくなる。しかも目前にはアントリオンの本体が迫っていた。うねうねと取り巻く触手の中央には巨大な人面疽が真っ赤な口を開き、今にも彼の身体を飲み込もうと待ち構えている。
「しまったっ!」
「朋也っ!!」
 リルケが悲鳴に近い声をあげる。彼女があんな声を出すのを聞いたのは初めてだ。
 くっ……こんなところでやられてたまるか!! ミオや千里がもっと手強い敵に立ち向かおうとしてるってのに!
 そのとき、朋也の手にしていた傘がほのかな輝きを帯び始めた。何だ!? 気の所為か、傘の形が変わっていくように見える。細く、鋭い切っ先はまるでサーベルのようだ。店で買ったときはそんな説明受けてなかったんだが……。
 ともかく、朋也は傘を振り上げると無我夢中で人面疽目がけて突きまくった。
 アントリオンの動きが止まった。足元に絡みついた触手が力なくほどけ、他の触手もすべてボロボロと朽ち始める。やがて断末魔の怨念ともとれる大音響をあげて巨大なモンスターは蒸発していった。


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