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リルケ: ++

「──と、この子が言ってるんだが……。ねえ、リルケ。君は空を飛んでったほうが楽だろうけど、やっぱり俺たちと一緒に帰ってくんない? どうせレゴラスに戻るんだろ?」
 朋也は思いきって彼女に打診してみた。
「しかし……」
 逡巡するリルケをさらに説得する。
「俺1人でこの子を連れて帰るのは無理だって。よっぽど徐行運転で行かないと、この子の大きさじゃシートから放り出されちゃうしさ。かといって、朝まで親を待たせるわけにも行かないし。大体、お前のせいなんだから、ちゃんと責任とれよな!?」
「……わかった」
 それから、彼女はややかしこまった様子でこどもの顔をのぞきこんだ。
「ごめんね、ボク。おねえちゃんと一緒におうちへ帰る?」
「うん!」
 男の子が素直に頷いたので、リルケは座席に乗り込んで膝の上に彼を乗せた。ちょっと背中の羽がきつそうだったけど。
「さあ、じゃあポートグレイに向かおう!」
 朋也はエメラルド号を東に向けて発進させた。子供がいるのでややスピードを落とす。
 ミオたち、今頃どの辺りかなあ? 子供を無事に救出してしまうと、俄然仲間たちのことが気にかかりだす。肝腎なときに一緒にいられないのが、どうしようもなく情けなかった。魔法も使えずスキルも中途半端な自分が、戦力として重要なポジションを占めていたとはいえないが……。それでも、自分がリーダーとしてパーティーの中心にいたことはわかっていた。実際には盾役、荷物もちとして重宝がられていた部分が大だが……。ミオも千里も、自分がいるときは断然張り切り方が違う。あの2人が自分なしで内紛を起こしてないかどうか心配だ……。
 ポートグレーの灯りが見えてきた。さっきからずっと押し黙っているリルケの顔をチラッとうかがう。彼女は意外なほど穏やかな表情をしていた。男の子の身体にしっかり腕を回し、リズムをとってそっとたたいている。彼のほうはぐっすり寝入っていた。時速70キロ超で飛ばしてるのにな。そういえば……彼女も本当なら雛たちのお母さんになってたはずなんだっけ……。
 朋也は街の正門の前でエメラルド号を停めた。リルケが静かに男の子を揺り起こす。今は母親と顔を合わせないほうがいいだろうと、彼女はそこで立ち去ろうとした。
「おい。レゴラスに戻ったらミオたちの前に立ちはだかるつもりなのか?」
 リルケの背中に向かって問い掛けたが、彼女は一寸立ち止まっただけで返事はなかった。
 男の子を家まで無事に届けると、両親がまっしぐらに飛び出してきた。息子を抱いて涙を流しながら喜ぶお魚ちゃんを見て、やっぱりポートグレーに残ってよかった、と思い直す。リルケがドジ踏んだおかげで、俺が助けに行かなきゃホントに危なかったんだし。後悔することなんて何もないんだよな……。
 ぜひ中にあがってくれという彼女の誘いを丁重に断り、朋也は1人桟橋に向かった。
 桟橋に腰掛けて膝を抱え、星明りを映しながら滔々とうねる波頭の連なりをじっと見つめる。涙が込み上げてきた。心の中が空っぽになってしまったみたいだ──


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