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リルケ: +++

 朋也は仲間たちから顔を背け、声を絞り出すように言った。
「先に行ってくれ。俺は、彼女を置いていけない……」
 首を振って深いため息を吐くと、千里はクリスタルを唱えようとした。ミオがそれを押し留める。
「あんたのMPを無駄に使いたくニャイわ」
 代わりに毛づくろいをリルケに施す。
 4人は朋也を残してその場を奥に進んでいった。去り際に千里が振り返って言う。
「朋也。なるべく早く来てよね……」
 彼は黙ってうなずいた。仲間たちの後ろ姿を見送ると、リルケの顔色を伺う。ミオの回復スキルのおかげで、さっきより血色はよくなったようだ。もう命に関わることはないだろう。
 朋也が手持ちのアイテムの中から気付薬を取り出し、口に含ませると、彼女はむせ返って再び目を開いた。ぼんやりと辺りを見回し、彼の顔を見上げると、ハッとして起き上がろうとする。
「おい、まだ無理だよ。無茶するなって」
「他の連中は……どうした?」
 うめくようにつぶやく。
「先に神殿の奥に向かったよ」
「私に構うな。お前も早く行け! カイトには……気をつけろ……。あの男、本当に恐ろしい奴だ……」
「カイトがどうしたって? まさか……お前、その怪我はカイトにやられたのか!?」
 考えてみれば、三獣使の1頭をすら寄せ付けなかったリルケに、これだけの深手を負わせられる相手は他に見当たらない。こんな場所で倒れているのも不自然だし。
「お前たち、仲間割れでもしたのか? それとも、俺を船に運んだんで制裁を受けたとか……」
 だとしたら、それこそ俺の責任ってことになっちまうな……。だが、彼女は首を振った。
「違う……あいつはそもそも、お前の足止めを手伝おうともしなかったさ。あの男は……正気じゃない……キマイラを消そうとしている……アニムスを奪うつもりだ……」
「何だって!? まさか……そんなこと、できるわけ──」
 愕然として叫ぶ。あいつはもともと何を考えてるのかわからないやつだったが(むしろ、朋也にはただのカッコツケ野郎に見えたけど)。しかし、いくらなんでも1人でエメラルドの守護神獣を手にかけようなんて……。
「いや……そうとは限らないんだ。今のやつならば、な……」
 彼女の真剣な目は、それが決して誇張ではないことを告げていた。
「一体どういうことなんだ!?」
 リルケは少し躊躇したが、意を決して朋也にこれまでの経緯をすべて打ち明けた。
「あの妖精から一部は聞いているかもしれぬが、オルドロイの一件を裏でお膳立てしたのはカイト……そして、彼にそれを命じたのはキマイラだった……」
「やっぱりそうだったのか……。でも、ベスは千里をオルドロイで生贄に捧げようとしたけど、結局フェニックスはゾンビになってて、ルビーのアニムスを復活させることに失敗しただろ?」
「アニムスを再生させることができるのは神獣だけだ。そして、そのためには〝鍵〟となる女──神鳥の霊光を浴びたヒト族が要る……」
 なるほど……これですべての点が1つの線につながった。キマイラはカイトとリルケを使って、千里にフェニックスの霊光を浴びせるためにわざわざあんな手の混んだ真似をしたわけか。彼自身が紅玉を復活させるために……。
「だが、カイトは……あの男は、キマイラが紅玉の再生作業に専念しだした今になって本性を顕した……。もともとあいつは信用していなかったのだが……あいつは忠実な神獣の下僕のふりをしていただけだった。自分がアニムスを手に入れるためにな。やつの目的までは、さっぱりわからないが……。私がそれに勘付いたのを知ると、キマイラに伝えられる前に始末しようと動いたのさ……」
 何てことだ! あいつがそこまで正真正銘のワルだなんて……。
「でも、いくらなんでも1人で神獣を相手にすることは──」
「今のキマイラの身体は完全ではないのだ……モノスフィアの脅威からエデンを防衛し、アニムスの再生するために生命力を費やしてしまっている……。そのうえ、あの男はキマイラの信任を得て彼の霊力を分譲されているのだ……。"鍵"の女のようにな」
 そこまで説明し終えると、彼女は朋也に懇願するように言った。
「あの男にアニムスを渡しては駄目だ! 私はもう大丈夫だから、お前も急いで仲間を追え」
「でも……」
「いいから行け! お前の仲間たちがどうなってもいいのか!?」
 なおもためらっている朋也を叱咤する。朋也は唇を噛みしめた。彼女の翼に、痛くないようにそっと触れる。
「……きれいな羽だったのにな……」
 一命はとりとめたにしても、この傷では二度と大空を飛翔することはできないだろう……。
「フッ……この羽がか? お前たちは不吉の験だの不幸のシンボルだのと勝手にイメージを押し付けてきたではないか」
 そう言って苦笑を浮かべる。
「俺は……黒は好きだけどな」
「そこまで言うなら1枚持っていけ。今ならサービスしてやる」
 リルケは自分の羽を1枚抜き取ると、朋也の手に握らせた。
「ありがとう。お守り代わりにするよ……。いいか、余計なこと考えないで休んでろよ? ちゃんと妖精を呼んで治療してもらえよな?」
 彼女の身体をそっと階段にもたせかけ、手持ちのアイテムを全部そばに置いて立ち上がる。
 リルケは彼を心配させまいとするように微笑んで頷いた。朋也は未練を振り切るように彼女のもとを離れ、急いでミオたちの後を追った。
 カイト……お前は一体何人傷つければ気が済むんだ!? どうしてそんなやつになっちまったんだ!? 先に行った4人の安否が気遣われる。まさかあいつ、ミオまで手にかけたりはしないだろうな──?


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