「な、何だ、ここは!?」
目の前の風景は、外観から想像できる建物の屋内とは相容れないものだった。床も、壁も、天上もない。5色の光がゆっくりと渦を巻きながら混じり合う異次元のような空間がどこまでも広がっている。じっと見つめていると吐気を催しそうだ。あちこちに空間の裂け目が現れては消え、そこから何かが盛んに出入りしていた。
あれは……モンスターだ! それも、数え切れないほどウジャウジャしている。一体どういうことなんだ!? エデンを護るエメラルドの守護神獣の御所じゃなかったのか!? これじゃまるでモンスターの巣窟だ──
「おい、マーヤ! どうして神獣の神殿がモンスターだらけなんだ!?」
「し、知らないわよぉ~。前に来たときはこんなじゃなかったはずなのにぃ~……」
またどうせ100年前とか言うんだろうけど……。
近くにいたモンスターの数頭が、5人の存在に気づいてこちらに向かってくる。
朋也は時計を見た。もう8時になる。日蝕が開始する正午までもう4時間しかない。
「みんな、こいつらの相手をしてたら限がない、突っ切っていくぞ!!」
昇降機の出口からはクネクネと曲がる通路が伸びており、数十メートル先に浮かぶ不規則な形状をしたブロックにつながっていた。小惑星を思わせるそのようなブロックが上方に向かっていくつも散らばっている。キマイラがいるという最上階へは、この通廊を渡って登っていくしかなさそうだった。千里がトリニティを唱えてモンスターたちを怯ませた隙に、朋也たちは走り出した。
彼らの動きはたちまちモンスターの耳目を集め、ウンカのように群がってくる。いずれもオルドロイや西部砂漠などに出現する種類より一段とレベルの高いやつばかりだった。おそらくさっきの入口の仕掛けは、入場者の基礎魔力を測る意味もあるのだろう。カイトやリルケくらい高い能力の者でないと、闊歩するモンスターを掻いくぐって神殿内を移動することなど不可能だ。
しかし、困ったな。こんなところで鉱石や体力を削ってるわけにはいかないんだが……。何より今は一刻の時間も無駄にできないってのに。ひっきりなしに立ち止まっては応戦を余儀なくされ、苛立ちが募るばかりだ。
身動きできなくなるほどモンスターがより集まってきたところを狙って、千里がアテナを召喚して一掃する。MPはバカにならないが鉱石を消費しない召喚魔法はこういうとき本当に重宝する。それでもモンスター連中は決してひるむことがなく、たちまち元の木阿弥と化してしまう。
朋也ははるか頭上を振り仰いだ。点々と上に向かって伸びていくブロックの終点は、ここからでは霞んで見えないほど高所にあるようだった。最上階まではイゾルデの塔と同じくらいありそうだ。空中を遊泳してくるモンスターと違い、こっちは両の足で走っていくしかないってのに。といって、マーヤ1人に頼むってのも無理な相談だし。
不意に、いきなりどこからか幾本もの矢が雨あられとモンスターたちの上に降り注いだ。見ると、妖精の一団がこちらに向かってやってくるところだった。羽も体長もマーヤよりずっと大きめで、Sクラスのエリートたちと思われた。
「いたぞ、〝鍵の女〟だ!!」
「捕まえろっ!! 残りの連中は始末してかまわぬ!」
「汚らわしい元凶の種族とその協力者め! 覚悟するがよい!!」
どうやら助けに来てくれたわけでは全然ないらしい……。モンスターと同様こっちを標的に定めて矢を射掛けてくる。
「ガーネットッ!!」
マーヤが前に出てきて得意の範囲魔法で矢の雨を消し去る。
「マーヤ、いいのか? 仲間を敵に回しちまっても……」
心配して声をかける朋也に、彼女は胸を張って堂々と宣言した。
「かまうもんですかぁ! あたしは妖精はもう廃業したのよぉー! 自分自身の意思を捨てて命令に従うだけのガリ勉妖精なんてもう仲間じゃないわぁ! 今のあたしの仲間は朋也たちだものぉ……。ジュディはあたしが助けるんだからぁ!」
キマイラに監視役を命じられ苦悶していた頃の憂いの影はもう微塵もない。ちっちゃい身体なのに、本当に頼もしいや……。
「あそこに1人Cクラスがいるぞ!?」
「裏切者だ!!」
「悪魔の手先に身を貶めるとは……真っ先にあの者から粛清せよ!」
マーヤの姿を認めたSクラスたちは、彼女に集中攻撃を浴びせ掛けてきた。
「待ちなさい!! 誰が彼女を粛清なんてさせるもんですか!! 代わりに私が相手になるわよ! アテナッ!!」
イヴとの特訓によりさらにパワーを増した魔法の使い手の放つ強力な召喚魔法に、魔法防御の高いエリート妖精たちも太刀打ちできなかった。リーダーらしい1人がすっかり怯えた目で千里をマジマジと見つめ、退散の号令をかける。やれやれ、言わんこっちゃない……彼女を怒らせるからだ。何しろ、怒りのボルテージが魔力に直結するタイプなんだから。
「千里ぉ、ありがとうぉ。あたしぃ、なんてお礼言ったらいいか……」
感激してうっすらと涙を浮かべるマーヤに、首を振って微笑む。
「もう……私とマーヤちゃんの仲なんだから、野暮なことは言いっこなしよ」
傍らで2人の微笑ましいやり取りを見ながら、朋也は羨ましく思った。フェニックスの里で和解して以来、2人は本当に大の親友になったもんな……。
「さあ、先を急ごう!!」
かくしてモンスター、レゴラスの妖精部隊、朋也たち一行の三つ巴の戦いが繰り広げられることになった。モンスターはともかく、妖精を敵に回すのはやっぱり気が引ける。いくらマーヤが反逆者の汚名を被ることも辞さないと宣言してくれても、彼女と同じ種族には違いないし……。自分たちのほうで殺す気がなくても、彼女たちがモンスターの餌食になるリスクを高めるのはいい心地がしなかった。幸い、慎重な妖精たちは常に集団行動していたし、勝ち目がないとわかるとすぐに尻尾を巻いて逃げたので助かったけど。
こうして朋也たちが神殿内の異空間をキマイラのいる最上階の玉座までの半分ほど登ったところで、彼らは思いもかけぬ障害に遭遇した。なんと、次のブロックまでの通廊がぷっつり途切れてなくなっていたのだ──