「なんてこった……」
朋也は唇を噛んで呻いた。後一歩でキマイラの所へ到達できるというのに……。ここで千里の迎えが来るのをおとなしく待つ以外ないというのだろうか?
朋也が50メートルは離れている向こう岸のブロックを呆然と見つめていたとき、何かチラチラと動くものが見えた。羽? この距離ではよく見えないが、妖精のように見える。神殿に入ってから目にしてきたSクラスと比べかなり小さい。あの模様は……まさか……!?
〝彼女〟はブロックの上のパネルを操作しているようだった。不意に機械音とともに前方のブロックから通廊が伸張してきてこちらのブロックに接続した。やった、これで先に進むことができる!
5人は急いで橋を渡って、自分たちの救いの主のそばに駆け寄った。橋を下ろす認証装置にぐったりともたれかかっていたのは、やっぱり朋也の思ったとおりマーヤだった。
「マーヤ!? 一体どうしたんだ!?」
あんなに美しかった羽の模様はすっかり生彩を失い、まるで萎れた花のように萎えていた。朋也がそっと抱き起こすと、彼女は生気のない目で彼の顔を見上げ、力なく微笑んだ。
「……エヘヘ……もう一度、朋也たちに会いたいとは思ってたけどぉ……こんな形になるとは思わなかったよぉ……」
「すぐに手当てを!」
フィルが懸命にヒーリングを施す。千里もクリスタルを最大出力で唱えた。だが、マーヤの身体は一向に回復する兆しが見られなかった。
「もう……駄目なのぉ……霊力も、千年の寿命も、剥奪されてしまったからぁ……」
「どうしてこんなことに……。あいつらの、キマイラの仕業なのか!?」
「ジュディをこっそり逃がしてあげようと思ったんだけど……ドジッて見つかっちゃったぁ~。ごめんねぇ、千里ぉ……。でもぉ……みんなが来てるってさっき聞いて……何とか脱け出してきたんだぁ……。ここは渡れないだろうと思ったからぁ……少しは役に立てたかなあ?」
千里の目から涙がわっとあふれ出す。
「マーヤちゃん、ごめんなさい!! 私……私、あなたにひどいこと言っちゃったよ……」
マーヤはほっそりした腕を伸ばして、彼女の髪をなでた。
「いいのよぉ、千里ぉ……だって……あたしは本当にみんなをだましてたんだものぉ……」
そして彼女は、カイトも話さなかったもう一つの秘密を打ち明けた。この世界に〝間違って〟足を踏み入れてしまった4人/匹にとって重大な秘密を。
「ゲートが開かれたのは、そもそも動物たちを救うことが目的じゃなかったのぉ……本当の目的は……朋也や千里みたいに動物との親和性の高いニンゲンを、モノスフィアからエデンに連れてくるための罠……そのために、ミオやジュディを利用したのぉ……」
そうだったのか……。初めは動物たちのユートピアだと無邪気に信じていたけれど、そんな裏があったなんて……。
「……キマイラ様は叡智の神獣……最高の頭脳を3つ併せ持つ宇宙一の賢者……間違いを冒すことなんてあり得ない。絶対に……」
2人の顔を交互に見ながら、次第にか細くなる声で続ける。
「でも……やっぱり、自分の気持ちに嘘はつけないわよねぇ……。あたし、あなたたちと知り合って……一緒に旅をしているうちに……何が本当に正しいことなのか、わからなくなっちゃったぁ……たとえ神獣様の命令でも、あなたたちをだまさなきゃいけないなんて……とっても心が痛かったのぉ……」
「マーヤ……もう、何も言わなくていいよ。誰もお前のこと責めたりなんかしないから。それより、お前の苦しみをわかってやれなくて、すまなかった!」
彼女の小さな目の縁に雨露ほどの水滴が浮かび、キラリと光る。
「エヘヘ……朋也は、最後まで本当に優しくしてくれるんだねぇ。あたし……たとえはかない命でもいい……特別な魔力なんて何も持たなくてもいい……何にも縛られることのない自由な生きものに生まれたかったなぁ……できたら……ニンゲンの、女の子になって……朋也の……そば……にぃ…………」
小さな首がかくっと折れる。彼女の身体が淡いピンク色の光に包まれる。そして、溶け去るように消えていく。朋也の腕の中には何も残らなかった。
羽のように軽かった、それでも確かに彼女がそこにいることを示す証であった肉体が光の粒子となって消滅し、朋也は気づくのがあまりに遅すぎた自分の過ちへの激しい後悔とともに、何もない虚空を抱きしめた。
「……なぜ……なんだ!? トラも……ベスも……リルケも……カイトも……マーヤまで……なぜ、みんな死ななくちゃならなかったんだ!?」
朋也はすっくと立ち上がると、モンスターの跋扈する異界の空間に向かって喚き散らした。
「みんな必要な犠牲だったというのか!? 世界を救うためなら仕方がなかったというのかっ!? 答えろ、キマイラッ!!!」
どこかから彼らの様子を監視しているのか、それとも紅玉の再生にかかりきりなのか、いずれにしても返事はなかった。時計の針は戻せない。誰も問いに答えてなどくれはしない。朋也にできる償いは1つだけだった。
「千里とジュディの命までは、絶対に……絶対に奪わせはしないからな!!」
悲しみに浸る余裕もなく、一行は再び上の階を目指して進み始めた。