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ミオ: +++

 ……俺のこと、愛してるって? アハハ……カイトよりよっぽど重症じゃないか? あいつの言ってた意味がいまになってようやくわかったよ。てっきり、彼女を追っかけてたのは自分のほうだとばかり思ってたのに……。
 さて、なんて答えようか? いや、答えは最初っから1つしかないんだよな。でも、どうやって伝えりゃいいんだろう……。
 唇を舐め、深呼吸すると、彼女の目を真っすぐ見ながら、朋也は答えた。
「俺も、愛してるよ。お前の言うことなら、どんなことでも聞いてやる。奴隷にでも、ペットにでも、なってやるよ! でも……たった1つだけ、俺のわがままも聞いて欲しい……。アニムスを、渡すんだ」
 ゆっくり1歩前に踏み出す。ミオの尻尾の先がピクッと動いた。振り子のように静かに左右を往復する。顔には曖昧な笑みが貼り付いたままだったが、明らかに迷っている様子だ。
 そうだ、いい子だ。おとなしく言うことを聞いてくれ……頼むから……俺、お前と争い合いたくなんかないんだ……。少し間を置いてもう1歩前へ。
 ミオは朋也に合わせるように後退った。アニムスの輝きが一段と強くなる。両脇の紅玉と碧玉に目をやり、また視線を朋也に戻す。再び自信に満ちた笑みを浮かべ、彼女は宣言した。
「嫌よ! どうしても欲しいっていうニャら、力ずくであたいから奪うのね!!」
 くっ……説得失敗か。
「アニムスの本当の力、見せてあげる。ニャインライブズ!!」
 彼女が一声叫ぶと、驚いたことに彼女の身体が紅と碧の光の中で分裂を始めた。たちまち8人の分身が現れる。それはアニムスの力を得ることなくしては決して発動させられない種族の究極スキルだった。
「さあ、かかってらっしゃい♪」
 9人のミオがお尻をたたいて挑発する。
「調子に乗るんじゃないわよっ!」
 千里はいきなりジェネシスをぶっ放した。3原色の閃光がミオたちに襲いかかる。
「きゃあ~! さすが性悪女の最凶魔法、すんごぉい威力♪ 今朝のメイクが剥げちゃったニャ~♥」
 たいして効いてないみたいだ……。おそらく、千里が魔力を吸い取られて力が落ちているのに対し、ミオのほうはアニムスの力を得てパワーアップしてるせいだろう。少しホッとしたけど……。
「おい、もうちょっと手加減してくれよ?」
「ウルサイッ! 私に指図しないでよ! ジェネシスッッ!」
 聞く耳を持ってくれない。大体、弱点属性のサファイアⅢを連発した方がよっぽど効率的なんだがなぁ。それに、向こうは9人パーティーなんだから、バラバラに戦ってちゃ不利なだけなのに……。
 しょうがないので彼女はほっとくことにし、残りの仲間で態勢を整える。いつもなら戦闘の司令塔はミオの役割だが、その彼女が敵になってしまった以上、朋也が引き受けざるを得なかった。ミオだったらここは……全体攻撃を交えながら1人ずつ確実に潰していくだろうな。千里を囮にする手を使ったかもしれないが……。本人を除く8人はコピーなんだから、最後の1人になるまでそのやり方で倒していけばいいはずだ。
 ともかく、今は私情を差し挟まずに勝つことを優先しなくちゃ。くそ……それにしても、よりによって世界の存亡を賭けてお前と戦う羽目になるなんて……。
 一応千里も含めてバックアップに気を配りながら、攻勢に出る。やはりネコ族だけあって、フィルとマーヤのステータス攻撃のうち睡眠系の技にはある程度の効果が見られた。眠りこけたところを狙い、すかさず朋也が九生衝を繰り出す。我ながら卑怯な手口だとは思いつつ、そんな戦法を採ったのは、意識のはっきりある彼女に痛みを負わせるよりはまだマシな気がしたからだ。
 分身だとわかってはいても、彼女に向かって爪を打ち振るうのは抵抗がある。一撃振るう毎に胸がうずく。これまでパーティーの物理攻撃の中心だったジュディさえいれば、彼女に代わって欲しかったところだ。けど、彼女だって親友相手に本気で剣を振るいたくはないだろうな……。そのジュディはミオに──。
 もっとも、本人の証言を聞いた今でさえ、朋也にはミオがジュディを本当に殺したとは信じられずにいたのだが……。
 マーヤとクルルのきめ細かい支援を得つつ、フィルの樹海嘯、千里のジェネシスに朋也の九生衝を組み合わせることで、1人、また1人とミオの分身を打ち破っていく。HPが尽きると、彼女たちは碧と紅のフレームと化して消滅していった。
「ニャかニャかシブトイじゃニャイ。でもね、あたいに勝てるわけがニャイのよ、朋也。いい加減降参したら?」
 ミオはまだ余裕の笑みを浮かべている。そいつはこっちの台詞だよ、早いとこ白旗を振ってくれ。
「朋也ッ! MP!」
 千里が腕を突き出してきた。何かと思ったら、補充しろと言ってるらしい……。もう自分で勝手にやってくれ! とまとめてアイテムを渡す。ホントはパーティーの回復と補助も担当して欲しいところなのに……。
 余裕綽々だったミオも、さらに分身が倒れて後4人にまで減ると顔色が変わってきた。長期の消耗戦になれば人数の多いほうが勝つのは当たり前だと踏んでいたのだろう。それに、ミオは朋也を攻撃するのを避け、女性陣、中でも千里ばかりを狙った。彼女たちには朋也が後衛で防御を最優先にさせていたし、攻撃の要を務めたのも彼だったので、ミオの立場からすれば戦術的には明らかな誤ちのはずだったのだが……。
「もうヘロヘロニャンでしょ!? さあ、早く降参しニャさいよッ!!」
「アニムスを渡したらな!」
 実際ヘロヘロだった。ほとんど1人で前面に出ていたし、ミオが本気で彼と立ち回りを演じ始めたからだ。彼女の動きにはついていくだけでも精一杯だった。とはいえ、ネコ族のスキルをほぼ究めたといっていい今の朋也には決して不可能なことではなかった。それに何より、彼女を愛していた。だから、世界を滅ぼす極悪人になって欲しくはなかった。
 ついに8人目を倒す。ミオの動きが止まった。もう、終わりか? 終わりだよな? 頼む、終わりにしてくれ──
 ミオは唇を噛み締めてじっと俯いていた。しばらくして、半べそになって声を絞り出すように叫ぶ。
「……降参……してよ……あたいはこんニャにあんたのことが好きニャのに……愛してるのにっ!!!」
 言葉とともにすさまじい雷光がパーティーに向かって放たれる。こんな技にはお目にかかったことがなかった。ネコ族の特殊技エレキャットにバステッドの召喚魔法を足したような感じだが、召喚魔法よりずっと強烈だ。これもアニムスの力なのか!? ネコ属性に対する耐性がすっかり身に付いた朋也にも、今のはかなりこたえた。クルルとマーヤは気絶してしまっている。千里でさえ、両足で身体を支えるのがやっとの有様だ。
 フィルにセラピーをかけてもらうと、朋也はただちに前面に出た。いま千里たちに手を出されたらまずい。素早くミオの後ろに回りこみ、背後をとることに成功する。クレメインの夕日の丘で初めて〝ミャウ〟に出会ったときのことを思い出す。あの頃に比べりゃ、見違えるほど上達しただろ?
「俺も愛してるって言ってるだろうが!? 自分勝手も大概にしないか!」
「フギャッ!」
 朋也の一撃を食らい、ミオは前のめりに倒れた。すぐに起き上がって忌々しげにこっちを振り返る。まさか朋也に身のこなしで遅れをとるとは思わなかったのだろう。
 だが、朋也は2撃目を加えることなく後退した。カイトを殺したときの彼女に、いまの自分が重ね合わさって見えてしまったからだ。これ以上はもうゴメンだ。少なくとも物理攻撃はしたくない……。
「バックアップ頼む!」
 マーヤ、フィル、クルルが朋也にステータス補強のスキルをかける。千里も。
「エレキャット!!」
「ふぎゃっ!!」
 朋也に最後のお仕置きを受け、ミオはその場にぺったりとへたり込んだ。もう起き上がる力も残っていないようだ。アニムスの力の流入も止まる。今の彼女はもう、いつもどおりのミオだった。
「そんニャ……あたいが……負けるニャンて……」
 がっくりと肩を落とし、腑抜けたような顔でつぶやく。やった、これで終わったんだ……。ミオがこれまで綿密に練り上げてきた計画をご破算にしてしまったのは悪かったが、もうこれで彼女を傷つけなくて済むと思うとホッと気が休まる。
 朋也が安堵の溜め息を吐いていると、マーヤが彼に向かって叫んだ。
「朋也、今のうちよぉー! 早くアニムスを取り返してぇー!」
 そうだ、まだ仕事は残ってたんだ。重い腰を上げ、座り込んだままのミオの脇を通って、朋也はアニムスを回収しようと跳びついた。碧玉と紅玉を一息に両手で包み込もうとしたとき……2つの宝玉は突然反発して床に激突し、砕け散った──


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