「!? し、しまったっ!!!」
ていうか、取扱注意事項を聞いてなかったんだけど……。
誰もが目を真ん丸く見開き、あんぐり口を開けたまま、声もなく朋也を見つめた。
「うそぉ~~っ!? アニムスの封印が……それも、再生したルビーとエメラルド、2ついっぺんに解けちゃうなんてぇ~っ!!」
マーヤがムンクの叫びのポーズをとる。
「ねえ、それじゃ世界は一体どうなっちゃうの!?」
「最悪の場合……メタスフィアもモノスフィアもともに消滅してしまうかもしれません……」
クルルの質問に対しフィルが難しげな顔で答えると、千里が両手で頭を押さえてうめいた。
「そんなっ!! それじゃ、私たちが今までしてきたことは一体何だったの!?」
事態の深刻さがわかってくるにつれ、朋也はパニックに襲われそうになった。なんてことをしちまったんだ……元の世界どころか、2つの世界をまとめて滅ぼしてしまうなんて。170年前の先祖の罪どころじゃ済まないぞ!?
誰もが息を押し殺したままその場を動けずにいた。どれくらいの時が経過しただろうか、突然辺りにパッとまばゆい光があふれた。もしかして、世界崩壊が始まったんじゃ!? 神様、仏様、神獣様、エデンとモノスフィアの生きとし生ける皆々様、申し訳ございません!!
ところが、光はすぐに収まり、穏やかな青い空が見え始める。といっても天の一角だけだったが。さっきの光は皆既日蝕の終わりを告げるダイヤモンドリングの輝きに過ぎなかったのだ。
みなは次第に冷静さを取り戻し、互いの顔を見回した。
「何も……起きないぞ?」
大地震も大津波も来なければ、空から隕石が降ってくる気配もない。もうすでにカタストロフィーは終わって自分は天国にいる、なんてオチでもないだろう……。
「……!? そっかぁ、わかったわぁー!」
マーヤがポンと手をたたいた。
「何も起こらなかったのは……封印を解いたのが、朋也、あなただったからよぉー!!」
そう言って彼を指差す。
「なるほど……。アニムス自体は何の意思も持たないエネルギーの結晶体……ただ封印を解いた者の願いを叶えるだけ。朋也さん、あなたご自身は気づかれなかったでしょうが、アニムスは壊れる瞬間に、あなたの心の奥底にあった願いを聞き届けたのだと思われます。あなたは、エデンが変わることを望まなかった──モノスフィアが消滅することも。ですから、アニムスは何も変えなかったのですわ!」
≪そのとおりだ、朋也よ≫
不意にどこからか3重の低い声が響き渡った。
「!! キマイラ!?」
さすがにエメラルドの守護者だけに、肉体を失っても魂は不滅のようだ。後で聞いたところでは、実はミニブラックホールの界面付近に滞まっていて、数百年も経てばまた復活するということだった……。
≪エデンは救われた。もはやモノスフィアの干渉を受け付けることはない。エデンに住む全ての民に代わって礼を述べよう。まったくお主という奴はたいした生きものだな。余の叡智をもってしても、まさかこのような解があるとは思いつかなかった……。余もお主たち一族に対する認識を改めることにしよう。もっとも、お主たちの世界の置かれた状況には何ら変わりはない。自滅するも存続するも、お主たちニンゲン次第だがな……≫
ニンゲン次第、か……。2つの世界が一大ピンチを免れたんだもの、そこまで贅沢は言えないよな? それぐらいは自分たちで何とかしなきゃ……。
≪さて、お主への感謝の証として、余の最後の力をもって今1度ゲートを開こう。この地にとどまるか、元の世界に帰るかは、お主たち自身の選択に任せる。好きにするがよい……≫
「ありがとう、キマイラ……」
2度と帰れないと聞いてあきらめていただけに、朋也は見えない世界の守護者に向かって頭を下げた。
続いて一行は、今日2度目の奇跡を目の当たりにすることになった。
「ご主人サマッ!!」
階段を駆け上がってきたのは、なんとジュディだった。
「ジュディ!?!?」
千里が幽霊でも見たような顔をしてから、わっと泣き出す。2人は飛びついて抱き合った。
「よかった……私、もう2度と会えないのかと……」
「うん……。ミオは……結局、ボクを殺せなかったよ……」
要するに、奇跡でも何でもなかったわけだ。彼女はアニムスの力により、空間の狭間で眠りに就かされていただけだった。それが、アニムスが壊れたことで一人で脱け出してこれたのだ。
「ミオちゃん……」
千里は誤解していたことに対し、深い困惑と自責の表情を浮かべて彼女を見た。
ミオは、さっきから目まぐるしく展開していた2つの世界を巡る事態の推移に、何の関心も寄せずただぼおっとして座り続けていた。朋也は彼女のそばに行くと、しゃがみ込んでそっと抱き寄せた。
「ミオ……」
「……ごめんね、ジュディ……千里も……。あたい、あんたに朋也を獲られたくニャかった……。あんたたちの距離が近くニャッて、朋也の心の中で千里の占める部分がどんどん大きくニャッていくのが、嫌だった……。朋也を誰にも渡したくニャかった……あたいだけのものにしたかったんだ……」
彼女の目にはもう敵意も憎悪も残っていなかった。あるのは幼なじみとそのパトロンに対する罪の意識だけだった。
「それで……エデンに……」
ミオは朋也にもたれかかったまま、彼の顔を見上げて微笑んだ。
「ねえ、朋也……あたいたちが初めて逢った時のこと、覚えてる?」
「ああ……。寒い日だったな……。目も開いて間もないお前が、冷たい箱の中で、温もりを求めてか細い声で鳴いているのを見て、放っておけなかった……」
「あたい、このまま世界のこと何も知らずに終わっちゃうのかって、絶望に暮れてた……。そんニャあたいを、あの時あんたは抱き上げてくれた。朋也のひざの上は温かかったよ……。ここで死ねるんニャら本望だって思ったんだ……」
目を閉じて静かになる。それきり彼女が口をきかなくなったので、朋也は心配になって顔をのぞき込んだ。まさか!?
「ミオ!? おい、ミオッ!?」
揺さぶったり、頬をたたいたりしたが、彼女はぐったりしたまま反応がない。そんな──
「頼む……もう1度目を開けてくれ! 俺を1人で置いていかないでくれ! いくら2つの世界が無事だって、お前がいなくちゃ俺、生きていけないよ!!」