──朋也はいま、あの日初めてこの世界に足を踏み入れたクレメインのゲートの前に来ていた。マーヤや、クルルや、フィルや、ゲドたち3人組や、エデンに暮らすみんなには、もう別れの挨拶はすませていた。ミオとも。彼女と過ごした夕べの一時のことを、朋也は死ぬまで大切に胸にしまっておくつもりだった……。千里もジュディの見送りは断るつもりらしかった。どっちかの決心が鈍ってギリギリになって転ぶ事態も想定できたし……。
ところが……その千里の姿が一向に現れない。キマイラの指定したゲートの開通時刻まで、後15分しかない。この機会を逃すと、神獣がゲートを貫通するエネルギーを蓄えるまで数十年、あるいは百年以上待たされることになってしまう。要するに、事実上元の世界へ還れる最後の機会ということだ。たぶん、ギリギリまでジュディとの別れを惜しんでるんだろうが……。
後10分。朋也はイライラしながらゲート前の階段を降りたり登ったりを繰り返した。ときどき森の外に通じる道に苛立たしげ目をやるが、彼女がやってくる気配はない。まさか、あいつ──
後5分──。朋也は祈るような気持ちで天を仰いだ。
と……やっと手を振ってこちらに駆け上がってくる千里の姿が目に捉えられた。
「千里っ!!」
ホッとため息を吐いて胸をなで下ろす。一体どうしたんだ、心配したんだぞ!? と問いかけようとして、ハッと彼女の風貌に気づく。目はクルルよりも真っ赤だった。当たり前か……。
「エヘヘ、ごめんね。荷物の確認に手間取っちゃったんだ」
頭を掻いて誤魔化すと、朋也の視線を避けるようにいま来た道を振り返る。
「あっ、あの辺で変な風船オバケが出てきたんだよね。なつかしいなあ♪ あの子ったら、あのとき──」
そこまで言って口をつぐんでしまう。バカだなあ……。
まだ涙腺は枯れ切っていないようだ。こぼれてしまわないようにやや上向きに大きく見開いて、道の一点を凝視する。見ているほうが辛くなるよ……。
いたたまれなくなった朋也は、思い切って提案した。
「……千里。俺、一緒にエデンに残ってもいいぞ?」
彼女は静かに首を横に振った。
「私も、ジュディも、強く生きていこうって決めたの……。やることはいっぱいあるんだもん♪ お互い、いつまでも甘えてばかりいられない……。ジュディにはミオちゃんもついていてくれるし。それに、私には朋也がいるから!」
強く生きていこう、か……。千里、お前は今でも十分強いよ。本当に……。
「そうだな……」
朋也は優しく微笑んでうなずいた。
ついにその時がやってきた。ゲートの周囲三方に配置された転送装置が、ブーンと低いうなりをあげ始動する。2人は階段を上がって転送台の上に乗ると、どちらからともなく手をつないだ。青々とした木々の梢が連なる森をながめ渡す。その景色が次第に3色の光の中で霞んでいく。千里はあふれ出る涙を拭おうともせず、声を張り上げて叫んだ。
「さよなら、ジュディ!! 大好きな……私のジュディ!! 愛しいジュディ!! どんなに遠く離れても、私の心はいつもあなたのそばにあるからね……。さよなら、エデン!! 私の大切な思い出……一生の宝物……。どうか、この世界がいつまでも……いつまでも、美しく、平和であり続けますように!!!」