朋也たちは扉をくぐってアニムスの塔の中に足を踏み入れてみて驚いた。塔の中には壁や天井がなく、上下左右に宇宙が広がっていたからだ。青白い光を放つ銀河や星雲が、手が届きそうなほど近くにあるように見える。この神殿は、建物と異空間が入れ子状の構造になっているらしい……常識ではとても理解できないけど。なぜか皆既日蝕のコロナだけは星空の一角でほのかに輝いていた。
その星々を背景に、1本の階段が螺旋を描きながら上に向かって伸びている。ここからではよく見えないが、階段の行き着く先で赤と緑の光がぼんやりと淡い光を放っているのがわかった。千里はあそこか……。
神殿の最上階までと違い、ここにはモンスターは出現しなかった。ただ驚いたことに、遠くに輝く銀河や星雲と思われたものは、実はホントに手の届くところを漂っているミニチュアだった。目の前をついと横切ったりもする。見た目は天文写真で見るような銀河そのものだし、模型だとしても何でできてるのかさっぱりわからない。うっかり触ったら、いきなりバシッと音がしてルビーの炎が燃え上がった。
「な、何なんだ、これ!?」
火傷しそうになった手を引っ込めて目をパチクリさせる。
「たぶん、アニムスのかけらだと思うわぁ~」
そう答えたのはマーヤだ。
「かけら??」
彼女の説明では、世界の法則を司るアニムスは、始原の宇宙の歪みから生じたエネルギーが形をとったもので、最初はこんなふうにバラバラだったらしい。それが最終的に紅、碧、蒼の3つの性質を持つ宝玉の形にまとまったのだとか。再生の儀式を執り行ったこのアニムスの塔の中は、どうやらその原初の状態を一時的に再現しようとしているらしい。何だかよくわからないが、ともかく朋也はそれ以降ミニチュア銀河には近づかないことにした……。
「ニャハハ♪ 鉱石がザックザクニャ~。これであたいはアニムス長者よん♥」
後ろでミオが欠片をひっぱたいて大量の鉱石を手に入れていた。
「あ、クルルのは触ったらHPが回復したよ♪」
……。どうやら朋也は単に運が悪かっただけらしい。
5人は塔の最上階まで後1歩のところまで来た。最後の1段を上がってそこに到着する。半透明の物質で出来た奇妙な形状の祭壇のようなものの上に、輝くばかりの大きな紅と碧の宝玉が浮かんでいる。あれが本物の……この世界の生命と叡智を司る二つのアニムス! ミオがかすかにため息を吐いたのが聞こえた。エメラルドに比べてルビーのほうが若干輝きが鈍いのは、まだ再生のプロセスが完了していない所為なのだろう。あの輝きを見る限り、ギリギリセーフってとこだな……。
そして、2つのアニムスの間に千里がいた。まるで左右から紅と碧の光の投網が彼女に投げかけられているようだ。意識がないんだろうか、じっとして動かない。
ジュディはその千里の前で立ち尽くしたまま、彼女を食い入るように見つめていた。何やってんだ、あいつ? 早く下ろしてやりゃいいのに。もしかして、千里に見惚れてるのか? まあ、確かに2色のスポットライトに照らし出された彼女はどこか幻想的な雰囲気を帯びていて、きれいでないといえば嘘になる。ちょっと人形めいて見えたが……。
朋也は2人のほうに向かって歩いていきながら声をかけた。
「おおーい、千里ッ!! 助けに来てやったぞ! いい加減に目を覚ませよ! おい、ジュディ! なにそんなとこで固まってんだ? 早く千里を解放して──」
朋也はそこで言葉に詰まった。なんだか様子が変だ。千里はずっと半目を開いた状態でピクリとも動かなかった。一点を凝視したまま、まばたきさえしない。胸の奥に冷たいものが走る。
「ちさ……と……?」
さっきからまったく反応がなかったジュディが、ポツリと一言漏らす。
「ご主人サマが……死んじゃった……」