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 マーヤが指揮者のように片手を頭上にかざすと、妖精たちは次々に魔法と矢を放ってきた。
 妖精1人1人の戦闘能力はそれほど高くはない。特にAクラス以下は。だが、数がこれだけ集まるとなると話は違ってくる。朋也たちは敵を見くびらず慎重にガードを固めることにした。千里、ジュディ、フィル、クルルの4人が物理・魔法防御を上げる特殊スキルを念入りに重ねがけする。ダメージの回復に手間取る心配がなくなると、ようやく攻勢に出る。
「ジェネシス!!」
「樹海嘯!!」
 一度に数を減らそうと、千里とフィルの2人が大技の全体攻撃を仕掛ける。後はミオとジュディが体力の高いドラゴンやペガサスを個別に掃討するという戦法だ。
「五月雨射ち!!」
 朋也は妖精の高位射撃スキルである全体攻撃で応じた。魔法防御力の高い妖精が相手なだけに、彼の技が一番効果が高い。妖精たちは回避能力も高かったが、それ以上に命中率を高めるスキルに習熟した朋也の前では敵ではなかった。ホントは、妖精長になる以前のマーヤと何も変わらない下っ端の子たちを苛めるのは可哀相で気が引けたのだが……。
 だが、妖精たちはしつこく朋也たちに攻めかかってきた。玉座に来るまでに出会った子たちのように、勝ち目がないと判断して逃げたりしない。最強の妖精がバックについていれば、誰も負けるなんて思わないんだろうな。しかも、ずっと後衛にいたマーヤを含むSSクラスの4人は、気絶した妖精をすぐにセラピーで戦線復帰させてしまう……。予想していたことではあったが。彼女たちの魔力が底をつくまで粘るしかないと考えていたものの、鉱石もキマイラ戦の後で残り少ないし、マーヤのMPはおよそ無尽蔵に思われてくる……。
 それでも、フィルはもう少し辛抱すれば何とかなるはずだと請合った。というのも、セラピーは体力の回復はできるが、士気を戻すことまではできないからだ。下級妖精とホムンクルスたちは、2、3回が限度でそれ以上はストレスで続かず離脱せざるを得ないだろうと。
 レゴラスの異空間に出現するモンスターを相手に鍛え上げられたSクラスレベルになると、さすがにもっと粘り強かったが、それでもカイトや三獣使のような強敵との死闘を潜り抜け、世界の命運を背負ってもいる朋也たちの前に、数百はくだらなかった妖精の衛兵たちも次第に数が疎らになっていく。
「プログラムをリロードします。警戒レベル2へ移行」
 次元の亀裂が再び開き、再び大軍が雪崩れ込んできた。穴の向こうにチラッと雲の上の景色がのぞく。フューリーに接続したらしい……。
「ちっくしょ~、まだやんのかよ!」
「これじゃいくらやってもきりがないよ!」
 ジュディとクルルがげんなりして言う。鉱石もアイテムも底をつきかけてきた。
「朋也……あんたには悪いけど、軍師のセオリーを言わせてもらえば、やっぱり大将を倒さニャイとどうにもニャらニャイわ。あのチビをね……」
 翼幅3メートルあるのにまだ仇名を変えようとしない……。朋也は大いに悩んだが、まだその結論に達したくはなかった。
「……まずはあの3人だ」
「いいわ……」
 ミオはうなずくと仲間に向かって指示した。
「いい? 雑魚は無視して! 一点集中でたたみかけるわよ!!」
 朋也たちは不意に円陣を解くと、副将にあたるレゴラスの妖精長に奇襲の猛攻撃をかけた。ディーヴァより若いとはいえ、彼女の後輩で900年か800年そこら生きている〝エリートババア〟だ……。戦闘員役の妖精たちを相手にするより胸の痛みは少ない。
「牙狼!!」
「エレキャット!!」
「フリーズ!!」
「束射ッ!!」
 いきなり必殺技を立て続けに食らった妖精長は、あえなく沈没した。参謀役のSSクラスが回復を試みるが、すっかり伸びてしまって起きようとしない。妖精たちの間に動揺が走り、陣形が崩れる。こりゃ一石二鳥だ。最初っから彼女1人に狙いを絞りゃよかったな……。
 マーヤがただ1人、微塵の焦燥の色も見せずにつぶやく。
「警戒レベル3へ移行」
 またもや次元の扉が開く。今度出てきたのはシヴァだった。ディーヴァのペットだった空飛ぶ巨象のようなホムンクルスだ。厄介なやつが出てきたな、こっちはマーヤがいなくて≪とろけるキッス≫が使えないのに……。
 ところが……さらに驚愕すべきことが起こった。
「テロメア解除」
 マーヤの一声とともに、アニムスの後ろにある巨大な装置から緑の光が巨大人造生物に照射される。巨躯を形づくる細胞のすべてが瞬時に崩壊し、縮爆を引き起こした。一種の自爆スイッチだ。
 凄まじい爆風と高熱がパーティーを襲う。
「きゃあああっ!!」
「うわああっ!!」
 神獣の放つジェネシスをも上回る威力に、朋也たちは為す術もなく翻弄された。しかも、シヴァの爆発は近くにいた妖精たちを全員巻き込み、あらかた消し去ってしまった。3人のSSクラスも含めて。
 最初に念入りに防御を固めておいたのが幸いし、仲間たちは辛うじて無事だった。無傷とはとても言いがたかったが。
 そんな……マーヤがこんな恐ろしい、惨たらしい技を何の躊躇もなく行使してくるなんて……。朋也には自らの苦痛より、そちらのほうが驚きだった。爆風を受けても1人で平然としていた彼女を呆然と見つめる。
 マーヤは朋也たちのほうを振り向くと、中心に目玉のような渦巻き模様の浮かび上がった巨大な金色の羽を威嚇するように広げ、一言言い放った。
「テンプテーション」
 きた──! 朋也が一番怖れていた技だった。絶対に勝ち目のない技。彼女は冗談でかけてあげるなんて言ってたけど、いまの彼女にだけは使って欲しくなかった……。
 ミオたちは全員金縛りにあって身動き1つできない。朋也も首から下がまったく動かせなくなる。
 マーヤはゆっくりと近づいてきた。朋也に向かって。目の前にフワリと着地すると、目をじっとのぞき込んでくる。たとえどれほど過酷な命令を下されようと、朋也には跳ねのける自信がまったくなかった。
 くっ……マーヤ……まさか、俺にみんなを殺させるつもりじゃ!?
「いけません……朋也さん……」
「朋……也……見ちゃ……駄目!」


*選択肢    目をつぶる    つぶらない

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