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 そのとき、マーヤの羽の輝きが不意にやみ、まるで花が萎んでいくように元のサイズに戻っていった。触角も。アルテマウェポンモードが解けたのだ。紅玉を覆っていた鏡面も消える。そこにはエメラルドと同様燦然と輝くルビーのアニムスがあった。
「やったわぁ、朋也ぁ!! 大成功よぉーっ!!\(^o^)/」
 飛び上がって喜ぶマーヤを尻目に、電子のキマイラはディスプレイ上で長い感嘆の溜め息を吐いて首を振った。
≪おお……なんということだ! 紅玉が完全復活した──それも、モノスフィアを消滅させることなく! エデンは、救われた……≫
 マーヤが自らの内から引き出した無限の潜在能力は、キマイラの空間操作の力をも凌駕していたのだ。彼女はルビーのアニムスが再生する瞬間、紅玉の解封により生まれたモノスフィアとの因果を断ち切ったのだった。
 シヴァの爆発のダメージから立ち直り動けるようになった仲間たちが、朋也とマーヤの周りに集まってくる。
「なるほど……。彼女のエマージェンシー・プログラムが停止する条件は、エデンから脅威が取り除かれること。条件さえ満たせば、私たちと闘って倒す必要はない……。ですから、アニムスに自らのエネルギーを送り込んで、モノスフィアとのリンクを遮断できるかどうか、一か八かの賭けに出たのですね。大変な離れ業でしたが、本当にアニムスを制御して世界を二つとも救ってしまうなんて、さすがマーヤですわ」
 フィルが感心したように頷く。
「ホントにたいしたおチビさんだわ」
 ミオが素直に実力を認めるなんて、珍しい話もあったもんだ……。
 朋也は神獣の影に向かって言った。
「キマイラ! これでもう俺たちが争う理由はなくなったはずだよな?」
≪うむ。余が間違っていたようだ……。今日限りをもって、妖精族を全ての職務から解放し、他の種族と同等の権利を賦与しよう≫
 そりゃまたずいぶん思い切ったもんだ。マーヤがキマイラに直訴しようとしていた要求を自分のほうから受け入れるなんて……。冷酷なやつだと思ってたけど、叡智の神獣だけに自らの非は認めて筋を通す厳格さは持ち合わせてるんだな……。
「よかったな、マーヤ……」
「え~♪ キマイラ様、ありがとうございますぅ!」
≪礼を言わねばならぬのは余のほうだ。余は犠牲を払うことなくエデンを救う方法などあり得ぬとみなして疑わなかったが、お主は見事にそれをやってのけたのだからな。アニムス自体は意思を持たぬ。触れる者の願いを映し、それに応えるのみ……欲望に塗れたものが手に取れば世界を破壊しさえする……。お主たちの互いを思いやる心を読み取ったが故に、紅玉は自らの再生をお主の手に委ねたのであろう≫
 そう解説して朋也に目を向ける。
≪してみれば、彼女をして世界を救わしめたのは朋也、お主ということになるな。まったくもってたいした奴よ。余もお主たちの種族に対する認識を改めることにしよう。エデンを滅びの淵に追いやったのはニンゲンだが、余の目を開かせたのもまたお主たちだったのだから……。もっとも、モノスフィアの置かれた状況には何ら変わりはない。自滅するも存続するも、お主たちニンゲン次第だがな……≫
 ニンゲン次第、か……。二つの世界が一大ピンチから救われたんだもの、そこまで贅沢は言えないよな。それぐらいは自分たちで何とかしなきゃ……。
≪さて、お主たちへの謝罪と感謝の意を兼ねて、余の最後の力をもって今一度だけゲートを開こう。この地に留まるか、元の世界へ還るかは、お主たちの選択に任せる。好きにするがよい……≫
 そう言って彼が画面から消えようとしかけたとき、マーヤが待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってぇ、キマイラ様ぁ! あのぉ……一つお許しをいただきたいことがあるのですがぁ……」
≪何だ? もうお主は自由だと申したではないか……。余の許可など無用だぞ? まあよい、申してみよ≫
 マーヤはすうっと大きく息を吸い込むと、大声で言い放った。
「あたしと……あたしと朋也の仲を認めて欲しいんですぅーっ!!」
 三つの神獣の顔はしばし唖然としてマーヤを見つめ返していたが、やがて目を細めてニヤリとする。
≪フッフッ……お主も知ってのとおり、エデンでは異種族間の交際も自由だ。もっとも、障害を乗り越えられるか否かは二人次第だぞ?≫
 マーヤは満面の笑顔を浮かべて朋也の首筋に飛びついた。
「やったぁーっ! 朋也ぁ、これであたしとあなたは神獣様公認の間柄よぉ~♥」
「こ、こら! そんなにひっつくなって……みんな見てるのに」
 そんな二人を横目に、千里が苦笑しながら呟いた。
「あ~あ……もっと活躍の機会があるかと思ってたのに、世界は二つともマーヤちゃん一人で救っちゃうし、なんか美味しいとこ全部持ってかれちゃったって感じねぇ」
「彼もね……」ミオも補足する。
「クフフ♪」
「フフフ」
「アハハハ!」
 誰からともなく笑い出す。突然、頭上を覆っていたコロナがふっと消え、まばゆい光が辺りを照らしだした。いままさに皆既日蝕が終わりを告げたのだ。二つの世界と一同全員の無事を祝福するかのように天上できらめくダイヤモンドリングに、朋也たちは声もなく見惚れた。


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