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 あの日初めてこの世界に足を踏み入れたクレメインのゲートの上で、朋也は開通の時刻を待っていた。マーヤは、やっぱり見送りには来てくれないようだ。怒ってるんだろうなあ、きっと……。彼はもどかしかった。このままお別れの言葉一つ告げられずに離れ離れになっちゃうのかな? いまでも彼女のことを好きな気持ちは何も変わっていない。いや、むしろ募っていた。彼女の声が聞きたい。彼女の顔が見たい。最後に、一目だけでも──!
 さっきから度々ゲートに通じる森の道に目をやっていた朋也は、キマイラの指定した開通時刻五分前になって、誰かがこちらへ駆けてくるのを見つけた。マーヤによく似ている気がするが、もちろんそんなわけはない。その子は妖精ではなかった。それにしてもよく似ている……。
「朋也ぁーーっ!!」
 え!? じゃあ、やっぱり……!? 朋也はしばらくポカンと開いた口が塞がらなかった。
「マ、マ、マーヤ……は、羽は一体どうしたんだ!? 触角も……」
 妖精のトレードマークであるその二つのオプションがなくなったばかりではない。よく見ると、顔の両横には今までなかったはずの、自分のとよく似た耳朶が髪の間から覗いている。まさか!?
 マーヤは階段を駆け登ってくると、朋也の目の前まで来て立ち止まり、肩で息をしながら口を開いた。
「ふぃ~~、よかったぁ、間に合ってぇ~」
 そして、彼の顔を見上げる。
「エヘヘェ♪ 神獣様にお願いして、あなたと同じニンゲンにしてもらったのよぉー♪ おかげですっかり時間とっちゃったけどぉ~」
「それじゃあ……」
 彼女の支払った代償の大きさを思い、胸がいっぱいになる。マーヤはそんな朋也の顔を見て、自分が何も後悔していないことを示すようにニッコリ微笑んで見せた。
「そんな悲しそうな顔しないでぇ? あたしが自分から望んで妖精の身体を棄てたんだからぁ。千年の寿命も、霊力も要らない! あたしが欲しいのは、あなたと一緒に過ごせる時間なんだものぉ……」
「マーヤ……俺のために……」
「あなたのためだけじゃないのよぉ? あたし自身のため……そして、向こうで待ってる大勢の動物たちのため……。ねぇ、もちろん、あたしも一緒に連れてってくれるよねぇ?」
「ああ……」
 頷いてから、少し難しい顔になる。
「でも、マーヤ……俺たちの世界は、君が思っている以上にひどい所かもしれない……。実際、向こうの動物たちの置かれている状況に比べたら、君たち妖精の方がよっぽどマシだったと言えるかも……。母親みたいに優しいフェニックスも、頑固だけど話の解るキマイラもいない。向こうじゃ神もニンゲンも、過ちを認めること自体珍しいんだ。それでも、俺についてきてくれるかい?」
「ええ。あたし、耐えてみせるよぉ! あなたと二人だったら、何も怖くないものぉ……」
 朋也はマーヤのほっそりとした手をギュッと握り締めた。自分のことをこんなにも信頼してくれる彼女のために、すべてを捧げよう──そう思った。
「俺、頑張るから……君のこと、後悔させないように……」
 ついにそのときがやってきた。朋也にとっては、懐かしい生まれ故郷への帰還のとき、そしてわずかな期間にたくさんの思い出をくれた土地に別れを告げるとき──マーヤにとっては、未知の世界への旅立ちのとき、そしてずっと慣れ親しんだ土地を永遠に離れ去るとき──。ゲートの周囲三方に配置された転送装置がブーンと低い唸りをあげて始動する。二人は青々とした木々の梢が連なる森を眺め渡した。その景色が次第に三色の光の中で霞んでいく。マーヤは彼女の愛した世界に向かって、精一杯声を張り上げて叫んだ。
「神鳥様! 神獣様! フィル! 妖精のみんな! そして、エデンに暮らすすべての生きものたち……今までありがとう!! あたしを見守ってくれて……。あたし、これからもう一つの世界に旅立つねぇ! あたしを待ってくれる子たちがいるから……。どんな辛いことがあっても、あたし挫けないよぉ! エデンが……あたしの育った世界、あたしに生命の大切さを教えてくれたこの世界が、どうかいつまでも美しく、平和であり続けますように……さよならぁーーっ!!」


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