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 不利な戦いなのは初めから明らかだった。3人の神獣といちどきに矛先を交えるなんて、それだけでも狂気の沙汰としか思えない。しかも、こちらは先ほどのキマイラ戦ですでにダメージを被った状態だ。当のキマイラは、クルルの慈愛の力により完全回復しているだけでなく、どてっ腹に開いた穴がきれいに塞がっているし……。また、魔法のエキスパートである千里は加わってくれたものの、そつなく種々の支援をこなすクルルが脱け、敵側に回ってしまった。
 そのキマイラが前に1歩出る。
≪ジェネシス!!≫
 いきなり来たか! マーヤが魔法ダメージ緩和のスキルを発動する。魔法反射はクルルしか持っていない特殊スキルだったので、やはり彼女の離脱は痛い。もっとも、最強魔法ジェネシスに対してはほとんど効果がなかったのだが。
 3原色の閃光と轟音がパーティーに襲いかかる。玉座で使ってきたときとは段違いの威力だった。やはりキマイラは前の戦闘で実力をほとんど出せていなかったのだ。フィルとマーヤは2人して回復に専念せざるを得なかった。
「くっ」
「うっひゃああ~~っ!!」
 いつもキャーキャー悲鳴をあげてるクルルがいないので、パーティーは静かだ。たいしたことなくても大袈裟に騒ぐマーヤが一人で悲鳴係を請け負っていたけど……。
「そっちが3神獣ニャら、こっちは3珍獣でいくニャ!!」
 マーヤたちのバックアップを受けて、3珍獣ならぬ朋也、ミオ、ジュディ3人組の連携アタックをお見舞いする。手応えはあったが、体力のアップしたキマイラは一撃で倒されるほど柔ではなかった。
≪三神呪!!≫
 今度はステータス攻撃だ。ミオのマニュアルがあってもかなりきつい。頼みの回復役フィルが石化の異常を食らってしまったのだ。彼女はほとんどのステータス攻撃に耐性が高かったが、唯一石化には弱かった。千里も全面的にバックアップに回る。
 奇妙なことに、神獣の残りの2人はこの間攻撃をしてこようとせず戦況を静観している。こっちとしては助かるが、不吉な予感は拭えない。
「ウサピョンソバット・スライリバージョン!!」
 朋也はインレで車椅子の拳闘家スライリに伝授してもらったウサギ族の必殺奥義の強化版をしかけた。キマイラは巨大な腕で薙ぎ払おうとするが、ウサギ族のスキルのおかげで回避率も跳躍力も上がった彼は難なく身をかわす。
 続けて千里が魔法をお見舞いする。
「ルビーⅢ!!」
 炎の魔法がキマイラの3つの頭上で炸裂する。鉱石の節約も考慮すると、エメラルド属性を吸収するキマイラにジェネシスを使っていては効率が悪い。
「千里! ルビーはキープしといたほうがいいよ」
 ミオが助言する。
≪ムゥ……≫
 キマイラの動きが鈍る。と、クルルの胸にあるサファイアから青い光が糸のように紡ぎだされ、キマイラの巨体を透き通った繭のように覆ってしまった。何をするつもりなんだ? 朋也たちが訝しんでいると、今度はフェニックスが前に出てきた。
≪ジェネシス!!≫
 再び強力な3元魔法がパーティーに降りかかる。神鳥のジェネシスはキマイラのそれをも上回る圧倒的な威力だった。オルドロイで戦ったゾンビ化した彼女は、マーヤの言うとおり力をすっかり失った脱け殻にすぎなかった。まさに最強の神獣だ。
 ダメージからの回復もままならぬ一行に、彼女はルビー・ターコイズ系の魔法と、嘴と蹴爪による攻撃で追い討ちをかける。ミオが千里にルビーを使用しないよう注意を促したのは、神鳥対策を見越してのことだった。もっとも、ダメージを吸収するだけでも鉱石の残量はあっという間に少なくなってしまう。神鳥は物理攻撃のほうもジュディや朋也がてこずるほどの破壊力だった。嫌らしいステータス攻撃を使ってこない分、まだマシかもしれないが……。
「焼鳥は体力と防御力はキマイラより低いはずニャ。長期戦はこっちがもたニャイから、短期決戦で行くよ!」
 ミオの指示で、主力の3人は必殺技による集中攻撃をかけた。
「九生衝!!」
「牙狼!!」
「ウサピョンソバット!!」
 神鳥の虹色に輝く羽が激しく飛び散る。再びサファイアの光があふれだし、今度はフェニックスの身体を包み込む。キマイラもフェニックスも青い光の繭の中で眠っているように見えた。
 ついにクルルが前に出てきた。
「防御!!」
 ミオが鋭く指示を出す。
≪ジェネシス!!≫
 やっぱり使ってきた。ワンパターンだなあ……といっても、きついことに変わりないけど。驚いたことに、クルルのジェネシスはフェニックスのそれとほとんど大差なかった。魔力ではキマイラすら上回るということか……。
「ぐっ!」
 ジュディが膝を折ってしまう。あわてて千里が駆け寄る。
 パーティーが彼女を介抱している間、ミオが打って出た。体力と防御力が以前のクルルのままなら、物理攻撃のほうが分がある。だが、神獣クルルは回避率が大幅にアップしており、ミオの速力をもってしてもなかなか攻撃がヒットしない。
「朋也! あたい1人じゃ手に負えニャイわ! 来てっ!!」
 だが、朋也にはクルルを直接攻撃することへの抵抗感を振り払うことがなかなかできなかった。彼が逡巡していると、ミオが叱責するように叫ぶ。
「何やってんのよ!? こいつはキマイラやフェニックスと同じアニムスの化身ニャのよ!? 遠慮しニャくたって、ちょっとやそっとのことじゃ──」
≪フリーズ!!≫
 ミオが注意を逸らした隙に、神獣クルルがウサギ族の特殊技を発動する。
「フギャッ!」
 冷気属性に弱いミオは、パワーアップしたクルルの凍結攻撃を浴び気絶してしまった。
「ミオッ!!」
 ジュディの手当てを終えたばかりの支援陣が彼女の介抱に回る。くっ……やっぱり俺が戦うしかないか……。
 朋也はミオに代わって前面に出ると、クルルと対峙した。足技のラッシュをかける。身のこなしではクルルのほうが上手だが、体重差と持久力では彼のほうが有利だ。動きが鈍った隙を見計らって必殺技をたたき込む。
「ウサピョンソバット──」
≪カウンター!≫
 油断したせいか、朋也自身の攻撃は空振りに終わり、強烈な蹴り上げを側頭部に食らう。朋也はもんどりうって床に倒れた。意識が遠くなっていく。
「朋也ッ!!」
 千里たちが叫ぶ。そのとき、クルルのオーラに変化が表れた。凍るような青白い色がほのかなピンク色を帯びる。朋也はふと温かな光を感じたような気がして目を覚ました。これは……〝彼女〟の毛づくろい──!?


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